「THE iDOLM@STER」Side Story
「プレゼント・パニック！」
〜異聞：プロデューサーの場合〜
初出：2010年12月31日「コミックマーケット79」頒布「めるぷり！」所収
『私、あなたが好き！だから……ヴァージン、あげる！』
そう言うと少女はセーラー服のタイを自らの手でほどいた――
「うっわぁ……。最近の子はこんなの読んでるのかよ……」
日々、アイドルたちに届くファンからのプレゼント。
それをチェックするのも、プロデューサーの大事な役目である。
その役目を果たすべく、担当アイドルの一人・菊地真に送られてきたプレゼント――少女漫画の内容を確認していた小次郎は驚愕の呟きをもらした。
「俺らの時代じゃ考えられんな……。真には刺激が強すぎるから小鳥さん行き、っと」
以前、真が『少女漫画が好き』だと出演した番組で発言して以来、プレゼントの定番になっている漫画本であるが、その中身は本当に様々だ。
今回の様に『未成年者には過激すぎる』内容のものもあるので、それは、事務員である音無小鳥が預かって処分してくれている。
どのように『処分』しているかは謎であるが、知りたくないような気もするので、小次郎はあえて知らないままにしている。
「…それとも、俺が知らないだけで真も読んでるのか？ こんなの」
あまり考えたくないなと思いながら単行本を小鳥のデスクに置くと同時に、入り口のドアが元気な挨拶と共に開けられた。
「レッスンメニュー、終わりましたー！」
その声の主はやよいだった。
「お、やよいか。もう終わったのか」
「えへへー。今日はなんか調子がよくって」
今日のやよいのスケジュールはダンスレッスンのみ。
小次郎の計算では、やよいに指示しておいたノルマが終わるのはもう少しかかるはずだったが、意外に早く済んだようだ――その間に、届けられたプレゼントのチェックをしていたのであるが。
「そっか、えらいな」
小次郎がやよいの頭に手をやると、彼女は
「えへへー」
と、幸せそうな笑みを浮かべる。
「あ、そうだ。プロデューサー、きょうこの後、お時間大丈夫ですかぁ？」
やよいが聞いてきたので
「あー、うん。この後お前たち送ったら直帰だからな」
と答えてやる。
ちなみに、やよいとユニットを組んでいる春香・真はそれぞれ別の現場に出ているのだ。
「よかったー。きょうは、プロデューサーにプレゼントを渡したかったんで」
両手を胸の前で組み、右に首を傾けつつ、目線は上を向きながら話すやよい。
「なんだ、プレゼントって？」
「当ててみます？
えへへー、そこでヒント！」
そこで一度言葉を切って続ける。
「ヒントはー、最初に『ば』のつくものです！」
「『ば』…？」
やよいの出したキーワードに、小次郎は頭の中で検索を始める。
…と、そこでヒットしたのは、こともあろうに先程の少女漫画本のワンシーン。
（まさか、やよいに限って…？）
そう思いながら、頭の中には
『私のはじめて、プロデューサーにあげます。だから…受け取って下さい！』
といいながら、スカートの中に手を入れて小さな布切れを引き出そうとするやよいの絵が浮かんでいた。
思わず小次郎は声を上げる。
「い、いやいや、ちょっと待てやよい。確かに『それ』は大事だろうけど……、俺が受け取っていいものじゃ…」
「れぅ？」
意味がわかっていないやよい。
「いいか、やよい。おまえらの時代は『年上の』異性が妙によく見えるものだからな。だから、冷静にな…」
なおも混乱する小次郎に、やよいは意味が判らないまでも自らの申し出をよく思っていないことを察した。
「あの…プロデューサー？」
「？」
「『ばんごはん』、やっぱりダメ、ですか…？」
やよいの出した「正解」に、小次郎は一瞬で凍結した。
「え…？『ばんごはん』……！？」
「はいっ！ プロデューサー、この前、弟が壁にクレヨンで落書きした時、消し方教えてくれましたよね？
プロデューサーの教えてくれたやり方でやってみたら、きれいに消えたんです！ そのお礼がしたくって」
先日、高槻家でこんな事件があった。
――やよいの弟が、家の壁にクレヨンで落書きをしてしまい、見つけたやよいが消そうとしたがうまくいかず、小次郎に泣きついてきたことがあったのだ。
相談を受けた小次郎も一時悩んだが、たまたま事務所にいた同僚のプロデューサー・小嶋美紗がネットで「クレヨンの汚れの落とし方」を調べてくれ、それをやよいに伝えて事なきを得たのである。
やよいはそのことを伝えたかったのだが……
「……は、はは、ははははは……」
ようやくその件を思い出した小次郎は、気の抜けたような笑いを浮かべる。
「はは…それは、断る道理ないよな。是非お願いしたい」
「ホ、ホントですかー！ うれしいです！ お父さんもお母さんも『今日、是非お呼びしなさい』っていってくれたし」
「そうか。それじゃ、今日の仕事終わったら是非、な」
「はいっ！」
「と、その前に…。まだ時間もあるし、もう少しレッスンしていこうか？」
小次郎の提案に
「うっうー、よろしくお願いしまーっす！」
元気に応えるやよいであった。
やよいと小次郎のやり取りを、給湯室から見ていた影があった。
その影――事務員の音無小鳥は、彼女たちがレッスンスタジオに向かったのと入れ違いにデスクに戻ってきた。
（プロデューサーさん、さっき、やよいちゃんに何を言っていたのかしらね）
そう思いながら机上の本――真へのプレゼントとしてファンの誰かから贈られ、小次郎が置いていった漫画本を手に取り、ページをめくる。
そして行き当たった件のページ。
『私、あなたが好き！だから……ヴァージン、あげる！』
少女のそんな台詞に
（あぁ、これと勘違いしたのね。プロデューサーさんって慌てんぼなんだから）
苦笑しながらも、これで今夜の美紗との妄想話のネタができた、と思う小鳥であった。
その夜。
「こらー、長介！お肉ばっかり取らないで、ちゃんと野菜も食べなさい！」
「ねーちゃん、ボクにもお肉ー」
「あー、浩司。ちょっと待って、もう…」
「お姉ちゃん、私、お豆腐」
「あ、カスミ、ちょっと待ってね。豆腐すくい、豆腐すくいっと…はいっ」
この日の高槻家の夕食は寄せ鍋だった。
ただひとつ違うことは、食卓を囲む人数がひとり多い――やよいの隣に小次郎がいること。
その小次郎は、眼前で繰り広げられる光景に度肝を抜かれていた。
（家族多いとは聞いていたが、凄いなコレ）
そう思いながら聞いてみる。
「大変だな、おまえのところの晩飯」
「えへへ。うち、いつもこうですから。そんなことより、プロデューサーもぼんやりしてると…」
やよいに言われて、改めて鍋の中を見てみる。
さっきまで鍋の中で煮立っていた具があらかた取り尽くされ、母親が二回目の具を投入しようとしている。
「そういえば俺、あまり食えなかったな…」
「じゃあ、いまお母さんが新しい具を入れてくれたんで、今度煮えたら、プロデューサーの欲しいもの言ってください。私が取ってあげますから」
「ははは…頼むよ」
そのやり取りを見ていたやよいの両親が、意味ありげな笑みを浮かべていたことに、小次郎もやよいも気がつかなかった
――その真意を知るのはだいぶ後になってからのことであるが、それはまた別の話。
夜も更けて。
いつもよりひとり多い人数が横になっている高槻家の居間。
やよいは、その片隅で寝息をたてている小次郎の寝顔を見入っていた。
夕食の後、小次郎は両親からアルコールを振舞われたので、高槻家に乗ってきた社用車で帰れなくなり、
「明日も仕事がありますので、タクシーでも呼んで帰りますから」
と固辞したものの、
「折角だから一晩泊まっていきなさいな」
と、両親が熱心に勧めるので、居間の片隅で邪魔にならないように毛布にくるまっている。
（プロデューサー、きょうはありがとうございます。きょうの晩ご飯、いつもよりおいしかったです……）
つぶやいて、改めて彼の寝顔を見入っていると、やよいはその小さな胸の奥に、何か温かいものがこみ上げてくるのを感じた。
そのまま勉強机に向かい、机上にある携帯を取ると、メール送信画面を開いて文章を打ち始めた。
＋＋＋
突然ですが、私って、とっても幸せかもーって思っちゃいました。
妹や弟たちはうるさいけど、あったかい家族がいるし、ご飯もおいしく食べてます。
仲良しの友達もたくさんいるし、勉強も…。
それからプロデューサーと一緒に、がんばってお仕事してるコトとか、いろいろ考えたら急にうれしくなったんです！
えへへ、ありがとうございます。
＋＋＋
そして翌日。事務所からレッスン場へ向かう社用車の後部座席。
パートナーであるやよいの顔がいつも以上にゆるんでいるのを、春香と真は見逃さなかった。
「やよい、きょうはご機嫌だね。何かあったの？」
「えへへー、なんでもないですよー？」
「本当かなぁ？」
真にも迫られて、やよいは思わず
「えへへ、昨日、ウチでプロデューサーがご飯食べていってくれたんですよー」
と、言ってしまう。
「「えっ！？」」
やよいの発言を聞いて、ふたりは同時に驚きを漏らす。
「「えー！ やよいだけずるいー！」」
二人からステレオで突っ込まれ、思わず頭を抱えてしまうやよいであった。
そして小次郎も
「プロデューサーさん。ちょっと遠いですけど、今度、私の家にも…」
「ボクんちにも。父さん、しばらく遠征行ってるから…」
と、春香と真からの誘いに頭を抱えるのであった。