「THE iDOLM@STER」Side Story
「プレゼント・パニック！」
〜やよいの場合〜
ある日の７６５プロ。
「麻宮さん、麻宮さん」
そう呼ばれた声に、７６５プロダクションのプロデューサー・麻宮小次郎は振り向いた。
「プレゼント、予備室に搬入しておきました」
小次郎はその体勢のまま、アルバイトの男子大学生からの報告を聞いている。
「それにしても、やよいちゃんへの荷物急に増えてますよね。
ソレも『もやし』ばっかり…」
そうなのだ。
「やよいちゃん」――現在、小次郎がプロデュースを受け持っている７６５プロ所属のタレント・高槻やよい。
彼女は、事務所の先輩である「天海春香」「菊地真」とのトリオユニット「パーフェクトサン」の一員として数ヶ月前にメジャーデビュー。持ち前の天真爛漫なキャラクターが受けたのか、既にソロタレントとしての活動実績もある春香や真にも劣らぬ支持を、市井のファンから集めてきた。
そして先日のこと。
大日本放送でのレギュラー番組「ラジオでｉｍ＠ｓｔｅｒ」で、あるリスナーからのメールが読まれた。
「さて、次のメールは…
ハンドルネーム『やよいちゃん大好きっ子』くんからのメールです。
『みなさん、こんばんは。
特に、いつも元気なやよいちゃん、こんばんは』」
春香の読み上げたメールに
「こんばんはーっ！」
と返すやよい。
「『…さて、やよいちゃんに質問です。
やよいちゃんの、好きな食べ物ってなんですか？』」
その質問に、やよいは
「えっとー…何でも好きですけど、特にもやしが大好きです。
もやしって、安くて栄養たっぷりだしー」
その発言を聞いていたやよいのコアなファンが、匿名掲示板「３ちゃんねる」Ｕ-１５アイドル板のやよいスレに
「おまいら、やよいちゃんの大好物はもやしだってよ」
と投稿。
これにスレッド住人が「ちょっともやし買いにコンビニ行ってくる」「俺も」「俺も行ってくる」などなどと食いついてスレッドは一気に加速。
そして放送から一時間後には、ネット上に「高槻やよいちゃん応援企画・もやし祭作戦本部」なるサイトまで急遽立ち上がった、という…。
――以上は、小次郎が事務チーフの音無小鳥から聞いた話。
彼女が、いったいどこからその情報を仕入れているのかは判らないが…。
（さぁ、あれいったいどう始末しようかな…）
事務室に戻った小次郎がそんなことを考えていると…
「おはようございまーす、プロデューサー」
「おっはようございまーす、プロデューサー！」
「おはようございます、プロデューサーさん♪」
出社してきたやよい、真、春香の声がした。
「みんな、おはよう。
今日はレッスン…の前に、ちょっとこっちへ来てくれないか」
そういうと小次郎は立ち上がり、三人を予備室へ案内した。
「うわぁ…これ、みんなやよいに？」
「うっひゃー、やよいの『もやし』発言がすごいことになってるなぁ…、あきれちゃうよ、ボク」
「そうだ。みんなこれ、やよいへのプレゼント。
ファンの子たちがみんな、近所のスーパーやコンビニでもやしを買って送ってきてくれたんだ」
その横で、目を輝かせているのは贈られた対象であるやよい。
「うっうー、もやし祭ができちゃいまーっす。いぇいっ！」
そこへ入ってきた一人の乙女――所属タレントの1人であり、またプロデューサー見習でもある秋月律子。
その律子、はしゃぐやよいを見ながら
「あっ、プロデューサーここにいたんですか？
そろそろ春香たちのレッスンの時間…」
そこまで言って、部屋に積まれたダンボールの山に、眼鏡の奥の瞳を大きく見開く。
「どうしたんですか、これ…？」
律子の質問に
「あぁ、これな。
やよいへのプレゼントだって――それもみんな『もやし』。
春香や真も形無しだわ」
「もやし！？ なんでまた？」
「それがだな…」
小鳥から聞いたネットでのやよいファンの盛り上がりっぷりを、小次郎は律子に聞かせてやった。
「なるほどね。
でも、やよいファンの子達には悪いけど――もやしばっかり、こんなに送ってきてどうするのかしら？
もやしって日持ちしないでしょ？
どうせなら、缶詰とか日持ちするものが欲しいわね…」
律子がブツブツつぶやいている。
そして一方で小次郎も、
「こいつ何考えてんだ……エクスパックで送ってきやがって。
さては賞味期限のこと、考えもしなかったな？」
その会話を、やよいはしっかり聞いていた。
「そうですよね。
もし私たちが食べ切れなくて悪くしちゃったら、もやしさんがかわいそうだし…。
あっ、そうだ。
それじゃぁ、今度は缶詰のお話でもすればいいんですよね？」
やよいの発言に、一瞬引いた律子。
「…そんな浅ましいことはやめなさい、やよい。
それってアイドルとしてどうなのかしら？」
――律子にそうは言われたものの、次の放送でつい缶詰の話をしてしまったやよい。
それを聞いたファンたち、今度は各地のスーパーでさまざまな缶詰やレトルト食品を買いあさって送ってきた。
いつの間にか、もやしに代わって缶詰やらレトルト食品の山が鎮座した予備室。
それを見て
（あー、俺昔よく食わされたよなぁ…）
と、小次郎は一種の感慨にふけっていた。
実を言うと、小次郎はこの世界に入る前――高校を出てすぐ、自衛隊に入隊していたことがある。
その時代、野外での軍事教練では缶詰・レトルト食品をはじめとする「戦闘糧食」のお世話になったものである。
そのことを思い出していると、胸元のほうから甘い声がする。
「？ どうしたんですか、プロデューサー。
缶詰、そんなに珍しいんですかぁ？」
「い、いや、何…。ちょっと、昔の仕事思い出してたんで」
「？」
小首をかしげるが、小次郎は自らの考えたことを説明できずにいる。
そんな思いを知ってか知らずか、やよいは缶詰の山から一つを取り出して小次郎の前に見せる。
「プロデューサー、これ」
「？ 鯨の焼肉缶だな。これがどうかしたか？」
「うちじゃこの缶詰、お父さんやお母さんが、ちょっと大きなお金が入ってきたー。って時に買ってきてくれて、みんなで分けて食べてるんです。
そんな缶詰をいっぱいもらえるなんて、私、幸せですー。
だから、これ…プロデューサーにも分けてあげます。
よかったら、プロデューサーも一緒にこれ食べて、一緒に幸せになってくださいねっ」
「俺に…これ、くれるのか？
せっかくのファンからのプレゼントなのに」
「はいっ！」
邪気のまったくない笑顔を見せるやよい。
その笑顔を見て、何を思ったか小次郎は両腕を広げ、やよいの小さな体を包み込む。
「はわっ、い、いったいどうしたんですか？ プロデューサー」
「やよいは、優しいな…」
「え、えへへ…」
と、そこへ登場したのが律子。
いつまでも事務室に戻ってこないので呼びに来たらしい。
「プロデューサー、何をやってるんですか！？」
律子の質問に、小次郎は
「こ、これはだな……やよいへの感謝の気持ちをアメリカ風に…」
「ふーん、どうだか？
でも、ここが事務所でよかったですよね。
外でやったら間違いなくスキャンダルですよ？」
図星をつかれ、二人は一瞬返事に窮した。