こたつでテレビ
時の流れというのは早いものだ。
気がつけば、いつのまにか過ぎ去っていく。
「あなたに……、会いたい……」
真奈美が俺――鶴丸 剛にこんな手紙を出してから、もう６年の時が経っていた。
あの頃はまだ、東京と高松の高校生だった俺たちも、いまは一つ屋根の下、一緒に暮らす関係――世間では"夫婦"と呼ばれる関係になっている。
初めて彼女に会った中学の頃から体が弱かったから、最初はちょっと心配だったけど、いざ一緒になってみればなかなかよくやってくれている。
昔、誰かが「結婚は人生の墓場」なんてことをいっていたらしいけど、俺はそうは思わない。
真奈美が俺に告白をしてくれたときにも言っているが、真奈美といれば本当に心が休まるし、それだけで、あったかい気持ちになれるんだ。
生まれてからいままで、ずっと、自分のいるべき"場所"を探して歩いていた俺にとって、真奈美のそばは、きっと、俺の本来いるべき"場所"に違いない。
いまは、そう確信している……。
だが、ひとつだけ、どうしても解けない疑問がある。
それは、なぜに真奈美が俺という男を生涯のパートナーに選んだのか？ ということだ。
高松にある真奈美の実家といえば、山ひとつ持っているお大尽の家だというし、親父さんも長いこと地元の県会議員をやっている"名士"という。
仮にも、真奈美はそういう家の"ご令嬢"であったわけだから、当然いろんなトコロから
「うちの息子の嫁に……」
なんてことを言われつづけていたに違いない。
そんな真奈美が、なぜ、そういう筋から無数にあったはずの縁談を振り切って、俺のようなこれというとりえのない男を選んだのだろう？
一度、その辺を真奈美本人の口からゆっくり聞いてみたいとも思うけど、下手な切り出し方をすればやぶへびになりかねないので、なかなか切り出せないのだ。
そんな、ある晩のことだった。
夕食の片付けも終わって、俺たちはコタツでくつろいでいた。
真奈美が苗字を"鶴丸"に変える――俺との結婚が決まった後、真っ先に二人で選んだこのコタツ。いまでも、二人の一番のお気に入りだ。
このコタツでお互いに足を伸ばして、足を通じて互いのぬくもりを感じていれば、それだけで、ほっとした気持ちになれる。
だからときどき、あまりの気持ちよさにそのまま二人とも眠ってしまい、気がついたら朝になっていて――しかもそういう時に限って出勤時間ぎりぎりになってしまい――慌てることもあるけれど、それもまたご愛嬌、というところだろうか。
閑話休題。
普段はあまりテレビを見ない俺なのだが、その時はたまたまお気に入りの番組をやっている時間だったのでテレビをつけていた。
その番組、世の中のあらゆる事象に対して、他とは違う独自の視点から切り込むドキュメンタリー番組なのだが、今回のテーマはどうやら「まだまだ健在な女性の"玉の輿願望"」ということらしい。
見ていると、どこかの街角で撮ったとおぼしき独身女性へのインタビューが始まった。
最初に「男性にとって一番大切だと思うものは？」という質問をされた女性、
「やっぱりお金でしょ？」
そうぬけぬけといった。
次に、別の質問――「お付き合いするとしたらどういう相手をお望みですか？」――を別の女性にぶつけたところ
「んー、開業医とか……、会社の社長とか……。
それで、クルーザーでも持っていればいいかな？」
なんてことを言ってのける。
俺は思わず
「コイツ、何考えてんだ？」
とつぶやいてしまう。
その後もこの種の人を食ったような回答が続き、俺は思わず頭に来てスイッチを切ってしまった。
「……ど、どうしたんですか、剛さん？」
真奈美が心配そうに俺を見る。
「……すまん。ちょっといまのテレビ見てたら、気分悪くなってな」
それからしばらく時間が経って、俺たちはひとつの布団にくるまっていた。
「さっきはゴメン、真奈美。ついテレビに向きになってしまって。
だって、あのテレビに出てた女、二言目には"開業医とか会社の社長とかがいい"だの"クルーザーを持ってれば"なんてこというから、思わず頭にきちゃって……。
そんなに、金って大事なものなのかなぁ。
そりゃ、無いよりあるに越したことってないんだけれど……」
俺は首だけを真奈美の方に向けて謝った。
「ううん。いいんです」
真奈美はそういって、小さく首を横に振った。
「それで、同じ女性としての真奈美の意見、聞きたいんだけど」
「え!? 私の、意見ですか？
そうですねぇ……」
真奈美は俺の問いに、しばらく目を閉じて考え込んでいたが、やがて目を開けて
「それは、人それぞれじゃないかって思います。
でも……、あのテレビを見てて私が思ったのは……」
「思ったのは？」
「多分、あの人たち……、まだステキな男の人に出会っていないんじゃないかって思うんです。
そういう男の人がいっぱいいれば、ああいう人たちもいっぱい夢を見られると思うんですけど、そういう人ってなかなかいないものですから、どうしてもお金とかクルーザーとか、目に見えるものにこだわってしまうんじゃないかって思うんです」
「……」
真奈美の言葉に、俺は継ぐべき言葉を失ってしまう。
「だから……、さっきの人たちの話も、ステキな男の人に出会えない人たちの心の叫びと思って許してあげてください。たぶん、言っている本人はもっとさびしいと思いますから……」
一気にそう言い切った真奈美に、俺は心の奥底にある何かが激しく振動するのを感じた。
そして、
「真奈美。なんて、やさしいんだ……」
俺は思わず真奈美の背中に両腕を回して、いつもよりきつく抱きしめてしまう。
「つ、剛さん……、苦しい……」
その力があまりにも強かったので、真奈美が苦しがっている。
俺は腕の力を抜くと、改めて真奈美の方を向いた。
そして、彼女の瞳をじっと見詰める。
俺にはその瞳が
「私にとって、"ステキな人"といえる人は、あなただけしかいないのです。
いままでも、そして、これからも……」
そう言っているように見えた。
その無言のメッセージを読み取ったとき、俺は真奈美と一緒になってからずっと抱いていた疑問が一瞬にして氷解するのを感じた。
そうなんだ。何を疑問に思ってたんだ？
真奈美にとっての"ステキな人"とは、つまり俺のことだったんだ！
真奈美がそう思ったからこそ、６年前に俺にあんな手紙を書いたわけだし、多分いろんなところから来ていたはずの縁談を振り切って、何のとりえもないはずの俺を選んだんだ！
いや、いままで思っていた「取り柄が無い」ということさえ、おそらく俺の勝手な思い込みなのかもしれない。
だって、俺がここにいることで、このひとりの女性――真奈美に幸せを与えられるんだから。
「ねぇ。真奈美……」
「？」
「これから、もっともっと、幸せになろうな……」
俺は真奈美にささやきかけると、今度はふわっと包むように真奈美を抱きしめた。
「はい、あなた……」
――この俺の一生の使命は、真奈美を守って、ずっとずっと生きていくこと。
その想いを、改めて心に刻んだ夜だった……。