Tokimeki Memorial Side Story
「謎の訪問者」
その夜、一筋の流れ星がきらめき市に落ちてきた。
流れ星はドスンと鈍い音を立てると、きらめき高校の敷地に落下した。
次の朝。
珍しく一緒に登校してきた主人 公と藤崎詩織は、中庭に今まで見たこともない妙な物体――自動販売機らしきものがめり込んでいるのを見つけた。
「なあ詩織、あんなとこに自販機なんてあったっけ？」
「え？ 昨日は、あんなのなかったけど………、変ねぇ」
詩織も首をかしげるばかり。
10時の休憩時間。
それまでどこかに行っていた早乙女好雄が、大慌てで教室に駆け込んできた。
好雄は開口一番、
「おい、聞いたか。Ｃ組の片瀬が退学だってよ！」
と叫んだ。
Ａ組の教室が一瞬どよめく。
「どうして？」
「何やったんだ、あいつ？」
他の生徒が、一斉に好雄のところに集まってきた。好雄は円陣を組むように皆を集めて話を切り出した。
「それがさぁ……、
あいつこないだ、合コンで知り合った花野女子の生徒を……」
「何ぃ!? 妊娠させたぁ？」
「らしい」
女生徒たちからいっせいに声が上がる。
「きゃ〜っ」
「うそ〜っ」
「生臭い話ねぇ」
その時、それまでこの騒ぎに加わっていなかった伊集院レイが、いつもの嫌味ったらしい口調で話し出した。
「フッ、そんな奴、退学になって当然じゃないか。
僕は女の人を泣かせるような奴は許せないんでね」
・・・
次の３時限目。２年Ａ組は化学の授業だった。
普通の生徒は、それぞれ更衣室で着替えをするのだが、伊集院だけは
「庶民と一緒なのはプライドが許さない」
らしく、校内の某所に特設された専属の更衣室に行って着替えをしている。
そういうことが許されるのも「理事長の孫」という立場ゆえだろうか。
その特別あつらえの更衣室に入り、クローゼットを開けようとすると………、
そこには、推定生後３ヶ月くらいの赤子が入っていた。
レイは一瞬、凍結した。
（い、今のはいったい………、何だったんだ？）
思わず両目をこすり、もう一度その中を見てみると………、やはり赤子はそこにいた。
仕方がない。レイは、今の光景を見なかったことにして、そのまま実験室へと急いだ。
授業が始まった。
忘れるつもりだったのに、レイはさっきの光景が気になって、集中できない。
（あれはいったい、何だったんだ………、あれは………）
そんなことを考えているうちに、足元で
「バァ〜ブゥ〜」
という声が聞こえてきた。
その声を聞いた周りの生徒が、いっせいにレイのほうを向いてたずねた。
「おい、伊集院。
何か今、おまえの足元で変な声がしたぞ」
レイはすばやくその場にしゃがみこむと
「な、何でもない」
その割には、声が上ずっている。
その声が、ほとんど女性並みの高い声になっていたことに、レイは気付いていなかった。
騒ぎを聞きつけて、教師もそこへやってきた。
「どうしたんだね、伊集院君」
「ち、近寄るな！
僕はいま、き、気分が悪いのだ。
だ、だから、ほ…保健室に行ってもいいかね？」
レイの申し出に、教師は振り向いて
「おい、保健委員。伊集院君に付き添ってやれ」
と、一人の女生徒に命じた。しかし、レイはすぐさま、
「ひ、一人で結構！」
と叫び、何かを抱え込むような格好で教室を飛び出していった。
残された生徒も教師も、一斉に疑問符を空中に浮かべていた。
中庭に飛び出したレイは、完全に狼狽していた。
赤子を抱え込みながら、それに語りかける。
「君はいったい、誰の子かね？ なぜ、僕につきまとうのかね？」
しかし赤子は、
「バブバブゥ〜。
ブゥ〜、ダ〜ダ〜ダ〜」
と答えるばかり。
しかしレイには、赤子が何を言いたいのか理解できない。
当然である。言葉が全く文の体裁をなしていないからだ。
思わずレイは語気を強めて
「え〜い！ 言いたいことがあるならはっきり言わんか！ 君の言いたいことはわけがわからん！」
そんな言葉を浴びせかけられたら、赤子は確実に泣き出してしまう。
「泣くな馬鹿者！ 人に聞かれたらどうするのだ！」
なおも泣き止まぬ赤子に、レイは完全にパニックに陥った。
「なぁ、冷静に話し合おうじゃないか………」
そうしているうちに、どこかで聞き慣れた声がした。
「こんにちわ！ 伊集院君」
どうやら、誰かにきっちり聞かれていたらしい。
中庭の片隅でわめいているレイを最初に見たのは、Ｂ組の虹野沙希だった。
彼女はちょうどそのとき、体育の授業が終わって教室へ引き揚げる途中だった。
「………あれ？ どうしたの、伊集院君？」
沙希が思わず覗き込もうとすると、レイはすかさず、
「見、見るでない！」
と、体をひねって隠そうとしたが、ちょうどその時、再び赤子が泣き出した。
「それ、伊集院君のところの子供？」
こういわれてしまってはたまらない。
仕方なくレイは、それまでの事のいきさつを沙希に説明した。
「………というわけで、僕の子なんかじゃないんだよ、沙希くん」
「でも、さっきの姿、どう見ても本物の親子みたいだったよ」
なおも赤子は泣きつづける。
「え〜い！ それはともかく、いつまで泣いているんだ」
「伊集院君！」
思わず沙希も語気を強める。
「………ごめんなさい。
でも、この子が泣き止まないのって、きっとおなかが空いているか、オムツが濡れているかしてるんじゃないかな？」
「そうか……。よし分かった」
レイは制服の胸ポケットから携帯を取り出して
「外井か。僕だ。
大至急、ミルクとオムツを持ってきたまえ」
さて、Ａ組の４時限目は体育だった。
さすがにこの時間になると、女子生徒の中にはいつまでも帰ってこないレイを心配する声が出始めていた。
同時刻。
レイと沙希は中庭のベンチに座り、ミルクとオムツを持ってくるはずの伊集院家からの使者を待ったいた。
「遅い！ ………外井の奴、何をやっているんだ」
「でも、泣き止んだみたい」
沙希がそう答えた時、上空からジェット機の爆音が轟いた。
その爆音に何かを思い出したのか、レイは
「いかん！ 極秘に運べというのを忘れていた」
と叫ぶ。
「え？ え？ どういうこと？」
沙希が事情を飲み込めず、おろおろしているうちに、その機体はきらめき高校の上空に侵入していた。
「外井の奴、なんでこんなことに私設空軍なんかを…？」
その機体――伊集院家私設空軍所属のジェット戦闘爆撃機は、レイたちの上空で旋回すると、機体下部のハード・ポイントから爆弾型のキャニスターを投下した。
それを見たレイは、
「馬鹿者！ 目立つようなことするな！」
と叫びつつ、投下された荷物に向かって走り出した。
その時上空では、二人の乗員――パイロットと爆撃手が下界を見つつ会話していた。
爆撃手「おお、レイ様が手を振っておられる」
パイロット「レイ様は派手好みだからなぁ」
爆撃手「では、一つサービスと行くか」
パイロット「それ、曲芸飛行じゃ」
パイロットはそういうと、操縦桿を一杯に引いて機体を起こし始めた。
空に飛行機雲が描かれる。
「ミルク………とオムツ………、たしかに………」
「おとどけ………しました………レイさま」
「あ………あの、馬鹿野郎どもがぁ」
地上にいて手の出しようがないレイは、天を仰ぎつつうめいていた。
その時、早々と着替えを済ましていたＡ組の男子生徒が何人か、
「おい伊集院、ミルクとオムツなんか持って、どうしたんだ？」
「赤ん坊でもいるのか？」
とにじり寄ってきた。
「ち、違う！」
ヒステリックに否定したレイに追い討ちをかけるように、赤子が泣き出した。
「この子、伊集院君が構ってあげないと泣くみたい」
さりげなく、原爆級の発言をする沙希。
そこへ公たちもやってきた。
「あれ？ 虹野さんじゃない。………どうしたの、その子？」
「伊集院君のところの………子供………ていうのかな？
何だかよく分からないんだけど、とにかく、伊集院君にだけなつくの」
「冗談はよしてくれ！ 沙希くん」
たまらずレイは口を挟む。
「でも、他人にしてはなつき過ぎみたいだけど」
沙希はそういって、抱いていた赤子をレイに手渡す。
すると、赤子は泣き止んでしまう。
このやり取りを見ていた女子生徒は、口々にささやき出す。
「うそ………、あの伊集院君に」
「あんな気持ち悪い『隠し子』がいたなんて………」
「赤ちゃんがあんなのだったら……母親はきっと………」
「ああ………、ショック………」
そうつぶやくと、ほとんどの女子生徒は卒倒してしまった。
「おーい、女子は全員失神したぞ」
これもいつのまにか現場に来ていた好雄が言った。
「伊集院、おまえ悪い奴だなぁ。退学だぞ、退学」
さすがに好雄にまでこんなことを言われると、レイも切れてしまった。
「ぬ、濡れ衣だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
その時、なぜか失神を免れていた詩織は、地面におしゃぶりが落ちているのを見つけた。
「ねぇ、公君。
こんな所に、おしゃぶりが落ちてる。誰のかしら？」
「し、詩織？」
「なんでこんな所に……」
首をかしげる詩織。公は詩織からおしゃぶりを受け取る。
「本当だ」
その時、レイが抱えていた赤子が公のほうを向いて、何やら物欲しそうにしはじめた。
レイは、ようやくなすりつける相手が見つかったのか、
「主人君。どうやらこの子、君のことが気に入ったようだ。
ほら、受け取れ」
そういって、赤子を公のほうに渡す。
「おいおい、なんでそんな話になるんだよ？」
公の胸に抱かれる格好になった赤子は、バタバタと暴れ出す。
それを見ていた好雄、
「何だよ、おまえの子は手癖悪いなぁ」
「だから、僕の子じゃないと言っているのに！」
そうこうしているうちに、その赤子は公の懐に潜り込み、おしゃぶりを手にとってくわえた。
そのとたん、赤子が、
「はぁーっ、やっと見つかったよ。万能翻訳機」
その場にいた全員が凍結した。
「赤ちゃんがしゃべった！」
「じゃ、じゃぁ………、き、きみはいったい？」
「私は、ヴェルトン星宇宙資源探査チームのメンバー、オスミン。
未知の資源を求めて、わが母星から18万光年離れたこの太陽系までやってきたのだが、宇宙船の故障でこの惑星に落ちてしまった。
機械の故障は直ったんだが、実は、船の燃料が欠乏していてこの星の重力圏を離脱できず困っている。
私と別れてほしければ、銅75％・ニッケル25％の燃料用合金を５万グラム、銅95％・亜鉛４％・錫１％の燃料用合金を９万グラム用意するんだ」
赤子、もとい「オスミン」と名乗ったその宇宙人は、どこからか100円玉と10円玉を取り出して
「これと同じやつだ」
「100円玉に、10円玉か」
「こっちの白いのが１万枚、そしてこっちの茶色いのが２万枚ないと、宇宙船はこの惑星の重力圏を離脱できないのだ」
周りの一同は、
「100円玉が１万枚、10円玉が２万枚………、120万円！」
「なるほど、『手切れ金』は120万円か、安いもんだ」
そういうと、再びレイは携帯を取り出し、どこかへ電話をしはじめた。
それを見ていた周囲の連中は、
「なるほど、金持ちの伊集院に取りつくわけだ」
と、妙に納得していた。
またさっきのジェット機がやってきて、コンテナを投下した。
「今度は100円玉と10円玉をいっぱいか」
「やれ、忙しい」
オスミンは中庭に埋まっていた自販機のところに行くと、投入口に100円玉と10円玉を入れ始めた。
それを見た生徒たちは
「これが、宇宙船？」
「100円ＵＦＯかよ」
オスミンは、
「バカにするな！ これでも、わが星では最新鋭の宇宙船なんだぞ」
そう言っているうちに、自販機、もとい宇宙船はゴトゴトと音を立てた。
燃料が入り、エンジンの起動に成功したのだろう――どんな原理で「エンジン」が作動しているのかは全く地球人類の理解の外にあるのだが。
「おっ、動いた」
そういって、オスミンは宇宙船に飛び込んだ。
「また、世話になりに来るぞ」
「もう来るな！」
レイが叫んだ。
やがてその「自販機型宇宙船」は、ガチャガチャとやかましい音を立てて離陸していった。
「ふーっ、やっと行ったか………」
「しかし、なんて宇宙船なんだ」
これでやっと厄介払いができた、と思ったのか、レイはいつもの自信を取り戻し
「これで僕の疑いも晴れたというわけだ」
それを聞いた好雄、
「それはどうかな？
女子はほとんど、何も知らずに失神しているぜ」
実際、詩織・沙希以外のショックでのびている女子生徒を見ると、最前線の野戦病院もかくやと思わせる風情だ。
続けて
「こればかりは、いくら説明してもわからんと思うぜ。後で女子には、俺たちがちゃんと説明しといてやるよ」
思わず、背筋が凍りつきそうな感じを覚えたレイだった。
次の日。
いつものように登校してきたレイは、女生徒たちの冷たい視線に思わず凍り付いた。
「ねぇ聞いた？
伊集院君、手切れ金を120万円払ってあの子の母親と別れたんですって」
レイは好雄のほうを振り向いて、
「きみたちはいったい、どんな説明をしたのかね!?」
その後、レイにかかった「隠し子疑惑」が本当に晴れるまで、少しばかり時間がかかったのは秘密……。
………おあとがよろしいようで。