プレゼント・パニック！〜律子の場合〜
Ａランクアイドルの発言には影響力がある。
それを今現在、秋月律子は頭を抱えつつ痛感していた。
話は数日前にさかのぼる。
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とあるラジオ番組にゲストとして出演した時に、パーソナリティーからプレゼントの話題を振られたのが発端である。
「りっちゃんはプレゼントで何か欲しいものはある？」
「欲しいものって言われても…そうですね、そろそろ新しいパソコンが欲しいですね」
「パソコンかぁ、りっちゃんらしいね」
「やはり今のこのご時世、アイドルでもパソコンは必要ですよ。パーツから組むのも面白そうかなって」
「流石はりっちゃん。マシンも自分色に染めてしまうんだね」
「あはは、自分色は言いすぎだけどいじりたいとは思います」
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そんな風にいたって普通に会話した、それだけのこと。
そしてその放送が日本中に流れたのはおとといの話。
律子がそんなことを忘れて出社したそこには…大小の段ボールの山、山、山。
それには「精密機械在中」のシールが貼られている。
「嘘、でしょ？」
律子はあっけにとられながら段ボールの山をを見渡した。
プレゼント数の過去最高をぶっちぎって突破しているのは間違いない。
「嘘だったら良かったんだけどねー、はい、律子。これ読んで」
「どれどれ？」
プロデューサーの美紗から溜息と一緒に渡されたファンレター。
そこにはこう、書いてある。
『ラジオ、聴きました！りっちゃんのために僕が作った最強スペックマシンです！』
律子の表情が苦いものを咬んだような表情になる。
そして、口からこぼれた言葉は。
「…ひどい冗談だわ」
という、溜息まじりのものだった。
段ボールは邪魔になるので会議室に押し込まれた。
律子とそのプロデューサーである小嶋美紗はそこに篭って開封作業に入っている。
完成しているパソコンばかりではなく、メモリやＨＤＤというパーツ類も贈られている模様である。
そちらには『りっちゃんのマシンに組み込んで欲しいです』というファンレターが付いていた。
「あっちゃー…」
「ん？どうしたの律子」
小さな箱を開けた律子が苦いものを噛んだかのような表情になる。
その後ろから美紗が覗きこんでみると―――そこには小さなパーツが。
「ねえ律子、これってもしかして」
美紗が首をかしげると、律子は溜息まじりにその問いかけに答えた。
「ええ、おととい購入した水冷ファンですよ」
それはおとといの話。
珍しくも仕事が早く終わりそうなので律子は美紗に提案した。
『仕事ハケたらパーツショップ行きましょうよ！欲しい水冷ファンがあるんですよ〜』
断る理由のない美紗はそれに付き合い、無事律子は買い物を済ませたのである。
だが、まさかそのパーツがすぐにプレゼントとして届くなんて誰が思うだろうか？
否、間違いなく思わない。可能性としては有り得るが考えから排除されている。
「悔しい〜！プレゼントされるんなら買わなきゃよかった！」
律子の小市民的な叫びが開封作業場の会議室に響き渡る。
プレゼントされるなら自分がお金を出して購入する必要はなかったのだ。悔しくないわけがない。
だがしかし、その時の律子にはそんなことは想像できなかった。できるはずがない。
「そうよねー、律子らしくもない」
「え？どういうことですかそれは！」
美紗が神妙にうなづく横から律子が食ってかかる。
そんな律子をいなすように肩を右手で叩きながら美紗はこう答えた。
「ラジオ、おとといオンエアでしょ？」
「ええ、それがどうかしました？」
「ラジオを聴いたファンがどんな行動に出るか、律子は想像しなかったの？」
「へっ？」
同じ７６５プロのアイドルである高槻やよいが「もやしが好きです」と発言して事務所中がもやしだらけになったのは記憶に新しい。
まだランクの低いやよいの発言ですらそうなんだから、最高峰のＡランクアイドルである律子の発言力は…推して知るべし。
「でもまさか本当にプレゼントされるなんて思わないじゃないですか！」
「そうね。もやしと違ってすぐに手に入るものじゃないわよね、これ」
美紗の視線は大きな箱に向かっており、その中には『完成品』の自作パソコンが入っている。
パーツを用意して組み上げて発送、となると本当ならもう少し日があいてから届くはずのシロモノ。
「伝票見てみて」
「どれどれ……？」
美紗が差し出した伝票。その送り主の住所は大阪である。
「えっ！？大阪から送って今届いてるの？」
「そうよ。これ午後イチの便で届いたの。昨日の夕方に出荷すれば間に合うのよね」
律子はアイドルであり事務員であるが、高校生でもある。
その授業が終わってから７６５プロに出社してきたから、現在は夕方に近い。
ちなみに今日の仕事は音楽番組の収録ひとつだけだ。
普段なら午前中で授業を切り上げたり、休んだりして仕事をしているが出席日数というものがある。
なので週に二日ほどはそんな日が存在する。
閑話休題。
「大阪には日本橋があるけどまさかそんなスピードで……この人、仕事とか学校は？」
「うーん『りっちゃんのためなら休む！』っていう熱心なファンなんじゃない？」
「私のファンって……」
がくり、と律子がうなだれる。うなだれた頭の上から美紗の声がした。
「律子、明日はもっと届くわよ」
「……そんな気がします」
律子は深い深い溜息をついて、段ボールの群れを見渡した。
「どうせもらうなら、もっと可愛いものが欲しいなあ……」
その呟きは律子の本音。
おんなのこならみんな可愛いものが好き。
勿論、律子だって例にもれない。
うさぎやくまのぬいぐるみ。
有名店のスイーツ。
きらきら光るアクセサリー。
流行の服や靴や鞄。
ちょっぴり背伸びした香水。
どうせなら、そんなプレゼントが欲しかった。
それはささやかな願い。
普段可愛いところを見せないがゆえに叶わない、そんな願い。
「あら、それなら大丈夫よ」
「えっ？」
自信たっぷりの声に振り返ると、美紗が眼鏡の位置をなおしながら微笑んでいた。
「可愛いものが欲しいなら、私があげる」
にっ、と歯を見せて笑いながらのウインク。
「バレンタインプレゼント、買いに行きましょうね。今は仕事つまってるけど二月初旬に頑張ったご褒美としてオフもぎ取ったから」
「本当ですか？」
「本当よ。いつもタイトなスケジュールでごめんなさい」
「そんなの全然！休めるだけで万々歳っ！」
律子の表情がぱあっと明るくなり、そして彼女は両手をぎゅっと握りしめた。
「嬉しいなあ、買い物なんて久しぶりだから」
「そうね、律子にそういう欲が出てきたのは嬉しいわね」
「どういうこと？」
本日は疑問系な発言だらけだと思いながらも律子は美紗に問いかける。
美紗は律子の耳元に顔を近づけると、優しい声で囁いた。
「律子にもオシャレ心が目覚めたと思うと、本当に嬉しいの」
普段は服装にお金をかけないと言っていた律子が可愛いものを欲しがる。
それは美紗にとってはとても喜ばしい変化だった。
だって、律子は磨けばみがくほど輝く宝石の原石なのだから。
「そ、そうですか？」
「うん、嬉しい」
そのまま誰もいないのをいいことに美紗が律子を抱きしめた。
「だからもっと可愛くなってね、律子」
「……はい」
ぽふ、と美紗の首筋に顔をうずめると、律子はちいさく返事をした。
その顔は真っ赤で、とても誰にも見せられない。
そう、目の前にいる信頼できるプロデューサーにさえも。
いや、彼女にだからこそ見せられない。
だいすきだから恥ずかしくて、とてもとても見せられないのだ。
「ところで……このプレゼントたちはどうするんですか？」
律子がそのままの姿勢で美紗の背中に手を回して問いかける。
すると美紗は律子の背中をぽんぽんとあやすように叩きながらこう答えた。
「しばらく待って、集まったら企画にしましょ」
「企画？」
「うん、律子なら多分乗ってくれると思うんだけど」
美紗が再度律子の耳元でささやく。
その内容に、律子の目が驚きで見開かれ、やがて口元に笑みが浮かんだ。
「それ、面白いかも！」
「でしょ？それこそバレンタイン企画にしましょ」
「はい！」
「さ、そろそろ仕事の時間よ。開封作業はまたね」
「わかりました、プロデューサー殿」
そうしてふたりは悪戯な笑みを浮かべて見つめあい。
ちいさなキスを合図にして、仕事モードに切りかわったのだった。
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その翌日、律子のブログにこんな記事が載った。
ごきげんよう、律子です。
ラジオで欲しいって言ったら本当にパーツが届くとは思いませんでした。
しかも完成品まで！本当にありがとうございます！
でも、たくさんあっても私は一台しか使わないし、事務所にも多すぎるし……。
なので、プレゼントは別のものがほしいな、なーんて。
みんな本当にありがとう！私の理想のPCが作れそうで嬉しいです。
お返しを考えてるので、少しだけ待っててね。ふふっ。
そうすると翌週には事務所にはPC関係のプレゼントは届かなくなった。
何とか騒動をおさめられたことに、事務所の事務関係者一同は心から安堵した。
だがしかし、まだ『終わり』ではない。美紗の『企画』が残っている。
「うまく行くかなあ…？」
「大丈夫よ。もう提携はできてるもの」
美紗はブログを更新する前にとある場所に連絡し、先方から二つ返事で了承を得ている。
その提携が何かは当然律子も知っている。
「無駄にするよりはいいですよね？」
「そうそう。そういうこと」
そしてバレンタインの二週間前。律子のブログがまたもや更新される。
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律子です！今日はみんなに少し早いバレンタインプレゼント！
とあるパーツショップと提携して「byRITUKO」というデスクトップPCを作りました。
そのPCにサインを入れて抽選で10名様にプレゼントしちゃいます！
申し込み締め切りはこの記事が載った本日から二日後までの消印有効！
「官製葉書」で事務所に送って下さい。
もちろん、おひとり様一通のみ。複数応募は駄目だからね！わかった？
必要事項は―――
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そして、現在。
会議室には応募葉書の山が積まれている。
「うわあ、結構な数来ましたねぇ」
「そうよ。世界に10台しかないんだもの、そりゃ必死になるわよ」
ふたりが談笑しているそこには、もう段ボールの存在はない。
何故ならば、全て業者が引き取っていったからである。
「でもこれ、ちょっと後ろめたいかも。ファンのプレゼント売ったみたいだし」
「何言ってんの。場所代の無駄を考えないと」
「確かに仰るとおり」
美紗の『企画』のカラクリはこうだ。
集まったパソコンは律子が会社に残す分を選別し、残りはパーツショップへ。
律子が考えていた『作りたかったマシン』をそれらで組んでもらう。
足りないパーツは余っているパーツと交換である。
律子のファンは皆競って良いパーツを贈っていたのでショップも喜んだものだ。
「それに、このショップの社長さんが律子のファンなんですって」
「へえ…それは初耳」
「私も初耳よ、これを見るまではね」
そうして美紗が一通のファンレターを律子に見せる。
「この差出人、見てみて」
「あっ、これ…！」
「そう、頼んだ業者さんからよ」
そう。『ぼくの考えた最高のPC』の贈り主の中には都内のパーツショップまで存在していたのだ。
「届いたのはオンエアの翌朝。しかもこの会社のトラックで、ね」
「何とも言えませんね」
その事はじわりと律子の笑いのつぼに入って。そして律子は笑いはじめる。
それにつられて美紗もまた笑い出す。
そして笑いは止まらなくなるのだ。
「電話でアポ取ったら社長さんが出てきてね。『工賃はいりません！』ですって」
「やだー！仕事させられる人がかわいそう！」
「でもお給料は出るんだからいいんじゃない？」
「他人事だと思って……」
くすくすくすくす。
おさまることのない笑い声。
「まあ、あのパーツたちも死蔵するよりはしあわせよ。だってずっと大事にされるでしょうから」
「そうだといいですね」
「きっとそうよ。だって律子からのプレゼントなのよ？大事にするわよ」
美紗があまりにも自信満々に言うので、律子は冷静に指摘した。
「それ、主観入ってません？」
「当たり前じゃない。私だったら壊れても保存するわよ」
えへん、と胸を張りながら堂々と告げる彼女に、律子は呆れながらもこう告げた。
「それなら、つくってあげるのに」
「え？」
聞こえてないのかわざとなのか。問いかける様子ではそれはわからない。
「だから、プロデューサーが欲しいならいつでも作ってあげるって言ってるの！」
「本当？」
「嘘なんかつきませんっ」
そう言うと律子は腕を組んでぷいっと顔をそらした。
どこからどう見てもご機嫌ななめである。
「うわあ…そんなことならパーツ残して置けばよかった」
こちらは後悔してると誰から見てもわかる表情。
その表情をちらりと見た律子は、ご機嫌ななめから一転して吹きだした。
「んもう、プロデューサーったら。そんな顔しないで下さいよ」
「だって、律子が作ってくれるのに……もったいない」
美紗があまりにも情けない表情をするので、律子は笑いを噛み殺すのにせいいっぱいだった。
一生懸命真面目な表情を作って美紗に近づく。
横に並んで立っていたふたりの距離が、ゼロにちかくなった。
そうして律子は美紗の右肩に頭をこつんと当てると、ちいさく呟いた。
「聞き逃さないで下さいね？」
「え？何を？」
「今から言うこと」
律子がひとつ深呼吸をする。
美紗の顔から視線をそらして、律子はこう呟いた。
「プロデューサーには、ちゃんとバレンタインにお菓子作ります」
一瞬、会議室が静まり返った。
時計の針が時間を刻む音だけが響いて、そして。
「本当？！」
満面の笑みでもって美紗は律子に抱きついたのだった。
「ち、ちょっと！嘘なんかつきませんったら！」
「嬉しいっうれしいうれしいうれしい！」
「は、離れて下さいよっ！誰かに見られたらどうするんですか！」
「大丈夫よ、女同士のスキンシップって言えばみんな納得するから！」
無茶苦茶な理屈だが、そんな理屈がすらっと出るほど嬉しいのだろう。
そう解釈すると律子は美紗にされるままになっていた。
(だって、こうやって抱きしめてもらうのがいちばんのプレゼントなんだもの…いいわよね？)
誰に問いかけたわけではないが、律子は胸のうちでそう呟いた。
そう、おんなのこがいちばん欲しいものは。
世界でいちばんだいすきなひとの。―――体温と、愛情。
HAPPY ENDxxx
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あとがき。〜再掲載ｖｅｒ．〜
はじめましての方ははじめまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
アイマス界の片隅で律子への愛と百合萌えを叫ぶ、猫子でございます。
今回は以前運営していたブログが消滅したことにより、闇に飲まれた作品をとらきちＰの要望によりｗｅｂに復活させるべく少し修正を入れました。
昔書いたものを修正するのは楽しいです。少し恥ずかしいですが(苦笑)
このお話はとらきちＰの著書「プレゼント・パニック！」を読んだ私が律子版を書きたいと思ったのがきっかけで生まれました。
当時のブログに掲載の許可をいただき、いそいそと書いたのがこちらになります。
そしてつい最近、この物語を自サイトのスペースに置きたいという要望がとらきちＰからあり、現在このあとがきを書いている次第です。
サーバースペースを提供してくださる、とらきちＰに百万の感謝を。
最近はすっかりオフラインでの活動（同人誌発行）にかかりきりでオンラインの管理ができなくなったのがブログを閉鎖したきっかけですが、
ｗｅｂに個人スペースがないのは不便なので以後はとらきちＰにスペースをお借りすることになりました。
こちらの件に関しましても感謝感激でございます（土下座）
借り住まいの「ｍａｇｅｎｔａ ｆｌｏｗｅｒ ｇａｒｄｅｎ」をこれからもよろしくお願いいたします。
（普段はピクシブにサンプルを掲載しています。興味がある方はそちらをご覧ください）
イベントも大抵お世話になってるし、どうしたらこのご恩を返せるのやら…(苦笑)
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