「THE iDOLM@STER」Side Story
「ボクだけの、ナイスガイ」
初出：2006年８月13日 コミックマーケット70頒布
「へたれプロデューサーの業務日報」所収
ボクたちがその部屋に入ると、中の人たちがいっせいにこっちを向く。
その人たちの視線は、どれもこれも冷たい。
それもそのはず。
今日、ボクが呼ばれている表彰式は本来なら「男の人が」受けるべき賞なのだから。
「ジャパン・ナイスガイ・アワード」――。
プロデューサーから最初にその話を聞いた時、ボクはてっきり、表彰式の「ゲスト」とか、受賞者にトロフィーとか賞状とかを渡す「プレゼンター」の依頼が来ているのかと思ってた。
だってその賞は、その年一番の「いい男」に贈られる賞だって聞いてたから。
それなのにプロデューサーったら
「いや、真もノミネートされてたみたいだぞ。
しかも金賞だって」
ウソ！？ どう考えてもおかしくない？
「女の子」のボクがそんな賞をもらうなんて。
何度もプロデューサーに聞いてみたけど、
「そういわれても、俺にだって解らんよ…」
と頭抱えてたな。
でも、そういいながらもなんとなくうれしそうな顔してたし……、ちょっと複雑だなぁ。
いまさらだけど、ボクは「女の子」なんだからね。
表彰式の何日か前のこと。
「『ナイスガイ』の表彰式なんだから、やっぱそういう服じゃないとマズイよな。
真はどう思う？」
「…え？ う、うん。そうですよね」
今日のミーティングは、今度ボクが行く「ジャパン・ナイスガイ・アワード」の表彰式に着ていく衣装の打ちあわせ。
机の上に並んでいる衣装のサンプルは、どれもこれもメンズもの。
プロデューサーの言う通り「そういう」表彰式なんだからしょうがない――頭ではそう解っていても、どうにも納得できないボクがいる。
確かに、いままでボクが「アイドル」として活動してきた中で、どんな売り出され方をされていたかといえば「男の子っぽい」部分のアピールが強かったし、そのせいなのかファンの数も、まだまだ男の子より女の子の方が多いんだけど、その結果がこんな「場違い」の賞。
プロデューサーも社長も、どうして「辞退」してくれなかったんだろう？
もしかして、やよいじゃないけど「くれるものは何でももらう」とか？
まさかねぇ…
律子にその辺の話をしたら
「真の持っている『男の子っぽい部分』ってさ、ある意味――私も含めて――他のアイドルにはそうそうあるものじゃないわよね？
前に話してくれたわよね？ デビューする時、プロデューサーに『ブームは女性が作るもの』って言われたんでしょ？
ぶっちゃけ、この地球の人口の半分は女性なんだからね。
…とまぁ、真がせっかく女性にアピールできる長所を持っているんだったら、それをプラスに生かさない手はない…プロデューサーも社長もそう考えたんじゃない？
私だって、プロデューサーと同じ立場――真をプロデュースさせてもらえるんだったら、そう考えるかもよ？」
だって。
「地球」なんてスケールの大きい話をされても、ボクにはいまいちピンとこないけど――さすが律子。
分析は鋭いんだけど、ボクの気持ちはどうなるの？
……いくら「ランクＡ」に上がったとはいえ、ボクは所詮一介のアイドル。
ボクのそんな思いとは無縁に周囲は動き、いよいよ表彰式当日。
結局、ボクは今日になっても気持ちに整理がつけられなかった。
「…どうした、真。やっぱり不満なのか？」
車の中。
プロデューサーがボクに聞いてくる。
「…うん。やっぱり変じゃないですか？ 女の子のボクが『男の人』がもらう賞をもらうなんて」
もう何度もした質問だ。
「…そうだよな、俺も変だとは思ってるんだが」
これも同じプロデューサーの返事。
しばらく沈黙が続いて
「…そういえば思い出した。
これは以前、今回真がもらう賞を企画した広告代理店の人と呑んでいた時に聞いた話なんだけど…、ここ数年、あの賞に見合うだけの『ナイスガイ』といえる男性というのがなかなか出てきていないらしい。
…なぁ真、真の考える『男らしさ』ってなんだと思う？」
「えっ？ ボクの考え？」
女の子のボクにいきなり何を聞いてくるんだろ？
変なプロデューサー。
でもちょっと考えて
「…そうですね。
やっぱり、『力が強い』とか、『自分の意志がはっきりしている』とか『ネチネチしていない』とか…、そんなところでしょうね」
「まぁ無難なところかな。
でも、その『無難なところ』が意外に難しいんだよな。
俺だって、自分がそんなふうに『男らしく』できているか、と聞かれれば答えに困るし」
そうかなぁ？
ボクの見ているプロデューサーって、いつも自信にみちあふれているような態度に見えるし、レッスンやオーディションでも的確に指示をくれるし、服装や髪型といった見た感じもこざっぱりとしているし…。
「そこへ行くと真は見た感じがさっぱりしてるし…」
それは私服でもステージ衣装でも、男の子っぽい格好が多いからだよ――しかも「私服」の半分は父さんのせいだし。
「正義感も強そうだし」
そ、そうかなぁ…。
確かに曲がったことや理不尽なことにはすぐカッときちゃうけど。
「そのあたりが、女の子のファンには魅力的に映るんだろうけど、意外にもこれ、俺たち男性にも魅力的に見えるんだよな」
それ、誉められてるんだかどうだかよく解らないよ？
「…ま、選考委員の中にも『菊地真の大ファン』が結構いた、ってことだな。
だからそんなに引け目感じることはない。堂々としていこう」
明るい口調でいってくれるプロデューサー。
ボクは少し肩の荷が下りた…ような気がした。
表彰式の会場は都内の高級ホテル。
さすがにボクが「女の子」という点は考えてくれたようで、控室は司会進行役の女優さんの隣にしてもらったけど、プロデューサーが「ノミネートされている他の人たちにも挨拶くらいはしておこう」と言ったので、ボクたちは男性出演者の控室へ挨拶に出向いた。
その部屋にいたのは世間で「イケメン」とか「チョイ悪オヤジ」とかいわれている歌手や役者さん――中にはボクと一緒に歌番組やドラマに出ていた人もいる――、プロ野球の選手やサッカーで日本代表の選手に選ばれていた人…。
その人たちが冷たい視線を一斉にこっちに向けている。
ボクは足がすくむような感覚を覚えていた。
怖い……。
こんな気持ち、アイドルになってから一度も感じたことなかったのに……。
オーディションで「覇王エンジェル」や「魔王エンジェル」の子たちと当たったときにもこんなことなかったのに……。
ぷ、プロデューサー…。どうしよう……。
「情けないことするなッ！」
周囲を圧するような声に、ボクは一瞬首をすくめた。
その声の主はすぐに分かった――プロデューサー。いつのまにかボクの前に踏み出していて、ボクの体を隠している。
「負けた上に逆恨みとは、オマエらそれでも男か！」
プロデューサー、更に一喝。
こんな大声、レッスンやオーディションでも聞いたことないよ。
…よく見ると、プロデューサーの背中、少し震えている。そして、かすかに唸り声も聞こえる。
プロデューサー、ここにいる男の人たち全員に怒っているんだ。
ボクのことなのに、まるで自分のことのように。
――そういえば律子が言ってたっけ。
「今度の表彰式、気をつけたほうがいいわよ。
『女の子』の真が受賞しちゃったことで、選考委員会の方もだいぶモメているみたいだし、選に漏れちゃった人たちからもウチに抗議が来てるみたいだし。
私からも、プロデューサーにはそれとなく話しておくけどね…」
…プロデューサーに一喝されて、ほとんどの男の人たちは下向いちゃったけど、一人だけこっちに視線を送りつづけている男の人がいる。
ボクもこの人には見覚えがある――チャッピーズ事務所の「松永伸」さん。
この人、確かだいぶ前、春香にちょっかい出してプロデューサーと大喧嘩になったんだっけ。
…と、感心している場合じゃなかった。
このままだとマジで喧嘩になっちゃうよ。
と、止めた方がいいのかなぁ？
でも、いまボクが出ていくと話がややこしくなりそうだし…。
「…その若造の言う通りだ」
プロデューサーとは別の落ち着いた声が聞こえてきた。
「いかに俺たちがだらしなかったか、ということの証明だからな。この結果は」
その声のした方を恐る恐る向いてみると……、父さん？
まさか、父さんもノミネートされてたの？
家じゃそんな話、一言もしてなかったのに。
…でも、いまは父さんがここにいてくれてよかった。
父さんの一言で、プロデューサーも落ち着きを取り戻したみたいだし。
「ジャパン・ナイスガイ・アワード２００６、金賞は……。
『ティーンエイジの王子様』、歌手・菊地真さんに決定致しました！」
司会のアナウンサーさんがボクの名前を読み上げると、ホールは大きな拍手に包まれる。
ボクはスックと立ち上がり、ステージの中央でトロフィーと賞状、副賞の目録を受け取る。
審査委員長さんがボクに言葉をかけてくれている。
でも、その言葉はボクじゃなくて、もっと別の人に言ってあげてほしいなぁ…。
ボクだけの「王子様」・プロデューサーに。
帰り道。
タクシーの後部座席に並んで座るプロデューサーに、ボクはそっとささやいてみる。
「審査員の人たちは、ボクのこと『ナイスガイ』だって誉めてくれましたけど…。
ボクにとっては、違うんです」
「？」
「ボクにとっての『ナイスガイ』……、それは、プロデューサーのことなんです。
へ、へへ……、言っちゃった」
「…ばか。俺を誉めたってなんにも出ないぞ」
あ、プロデューサー、顔真っ赤にしてる。
意外にかわいいところ、あるんだな…。
ボクはプロデューサーの腕をとってこっちに寄せると、ほっぺに小さく口づけた。
これが、ボクの、ファーストキス。
ますます顔を赤くしているプロデューサーのことが、より愛しく思えるボクだった。