第43話「Happy,Happy,Holiday」
「よぅし、これで補習はおしまい！」
ここは三磯学園のさる教室。
教壇に立った芝田は、生徒たちから提出されたプリントの束を見て呼びかけた。
生徒たちは歓声を上げる。
いま、ここにいる生徒は３年生一人、２年生５人、１年生が一人。いずれも、先
の銀虎会とのバトル"真奈美大戦"に関わった生徒たちだ。
この戦いにおいて、主人 公とその仲間たちは力を合わせて強大な武闘派ヤクザ
と戦い、ついには真奈美を奪還することに成功した。だが、この"杉原真奈美奪還
戦争"に参加した生徒たちは一様に怪我を負って入院、そのせいで１学期の成績が
つけられない状態になったため、こうして補習を受けていたのである。
なかでも、真奈美の頑張りは特筆に価するものがあった。
なにしろ、彼女はこの事件の最大の当事者である。そのうえに公の看病(これは
自ら志願したのであるが)もしつつ、来春の大学受験の準備もしなければならない
(ちなみに公の話によると、現時点での真奈美の志望校＆学科は"清華女子大学文学
部・国文学科"、"一流女子大学社会学部・地球環境学科"、"三磯女子短期大学保育学科"の三つらしい)。
彼女はそれをきっちりやり遂げた。自分の勉強もしながら、時には公やえみる、
榎本ら下級生の勉強も見てあげるという離れ業をやってのけたのだ。
もっともこれは、真奈美自身の優れた基礎学力あっての賜物だったのだが。
・・・
「この数日、おまえたちが頑張ったご褒美に、俺からいいものをプレゼントしよう。
ちょっとそこで待っていろ」
そう言って、芝田はいったん教室から出る。
３分くらいして芝田は戻ってきた。右手に６枚の紙切れを持っていた。
「俺からの褒美は……、これだっ！」
大見得を切った芝田に、直前の席にいた明日香が反応する。
「シゲさん。それ、ディスティニーランドのサマーパスポートじゃん！」
「星野、ご名答だ。
本来なら１枚4,200円のところを……、今回は真奈美くんのお父様からの好意に
より、おまえたちにタダで配布しよう！
一日、勉強もクラブも忘れて、思いっきり羽根のばそうぜ！」
ふたたび歓声が上がった。
"ディスティニーランド"とは、三磯市と隣街の印種市とにまたがる大規模テーマ
・パークである。季節ごとに趣向を凝らしたアトラクションを常時開催しており、
この近辺の若者の定番デート・スポットの一つになっている。
そしていま、ここでは夏休み期間限定イベントとして"ナイト・パレード"が開催
されることになっており、特にこの夏のパレードは、開園以来最大規模の呼び物と
して宣伝されている。
なお、余談ではあるが真奈美の父・浩之はここの運営会社の大株主でもある。
・・・
芝田からパスポートをもらった公たちは、早速「明日10時、三磯駅前の"勇者の
像"の下に集合」と約束をして解散した。ここから、ディスティニーランド行きの
無料シャトルバスが出ているのだ。
10時。待ち合わせ場所の"勇者の像"の下に６人の男女――早秀・明日香・夏穂・
えみる・榎本・芝田が集まっていた。あと、ここに来るはずのメンバーは公と真奈
美だけである。
実を言うと、芝田は彼ら以外に若菜と千恵も誘っていたのだが、二人とも「当日
の都合がつかない」ということで断られていた。
「それにしても、杉原先輩と主人先輩、遅いですねぇ」
駅舎の壁にかかった大時計を見た榎本がぼやく。
「さっきあいつらの家に電話したら、もう出たって言ってたけどなぁ……」
芝田がぼやいている。
10分くらいして、タクシー降り場の方から一組の男女が走ってきた。男の方が、
長い髪をした女の子の手を引っ張っている。
「ささ、先輩。急いで……」
「ごめんなさい、あなたを急がせて……」
降りてきたのは公と真奈美である。いち早く気づいた早秀は手を振って
「おーい、ここだここだ。何やってたんだ？」
と呼びかける。
「悪い悪い。タクシーの運ちゃんが新米でさぁ、道が分からないって言ったんで
ナビやってたら手間くって……」
公がこんな発言をしたのには訳がある。
実を言うと、公はここへ来るまでに、一度杉原家に立ち寄っているのだ。
"真奈美大戦"の発端となった、吉野輝明による拉致事件があって以後、杉原家
では万が一を考慮して、真奈美の外出及び通学(登校のみ)には大輔の車を出して
送り迎えをさせることになっていたのだが、たまたま、彼が泊りの仕事に行って
いて車がないので、公が自転車で杉原家に行き、そこに自転車を預けてタクシー
でここへ来たのだ(当然、公は帰りも杉原家に立ち寄ることになる)。
「よし、これで全員が揃ったな」
芝田がそう言い、バス乗り場の方へ案内する。
「ディスティニーランドへお越しのお客様にお知らせします。
ディスティニーランド行き直行シャトルバス、次の便は10時20分の発車予定で
ございます……」
乗り場の屋根につけられたラウド・スピーカーが呼びかける。
それから20分後。
公たち一行はディスティニーランドのエントランスに立っていた。
「さぁて、どこから行こうか？
俺もここは初めてだから、よく分からんのだ」
芝田はそう言うと、明日香の方を向いて
「星野、おまえのお勧めはなんだ？」
「そうねぇ……。
ここはとりあえず、ジェットコースターあたりから行ってみない？」
「妥当な線だな」
その時、それまでマップを見ていた早秀が発言した。
「ほほぅ、すると、ここからジェットコースターへ行くには、この柵を乗り越え
ればいいのだな？」
「あんたはそうすれば？ あたしたちは道に沿って歩くから」
とは言うものの、柵を乗り越えれば池があるし、どう考えても歩いて通れそう
にはない。それを見て、一同大爆笑。
ジェットコースターの乗り場前についた。
「どうする？ これに乗るか？」
芝田がみんなに呼びかける。大部分は賛成の意思を示したが、一人、真奈美
は難しそうな顔をしている。それを見て公が、
「先輩、どうしました？」
「あ、あの……、わ、私、こういうのはちょっと……」
「そっか。じゃあ僕も、先輩につきあって……」
公がそう言いかけたが、真奈美が遮る。
「で、でも……。皆さんが乗られるのでしたら……」
真奈美がそう言うので、公もみんなに合わせて列に並ぶ。
「なんだか、ここ、金属っぽい感じ……」
真奈美の呟きに反応したのは明日香だった。
「杉原先輩。この辺一帯は"フューチャーワールド"ということになってますから。
そういう演出なんですよ、ここは」
「確かに、何かちょっとＳＦっぽい感じはするね」
公が感想を漏らす。
そう言っているうちに列車が到着し、列が動き出した。しかし、公たちの手前
で満員になり、次の便に乗ることになった。
止まったとき、下を見ていたえみるが言った。
「ねぇねぇダーリン、あそこにハンバーガー屋さんがあるよ！」
「どれどれ……、"マキシマム・バーガー、BEYOND COAST宇宙港３号店"？ なん
なんだ、あの店!?」
驚く芝田に
「あはっ、あの看板おっかしー！
ねぇねぇ、あとであそこに行かない？」
そうやって突っ込む夏穂。
そうやって話しているうちに、公たちの乗る番になった。
席の配置は前の方から、
早秀 −明日香
えみる−榎本
芝田 −夏穂
真奈美−公
という順番になっていた。
係員の指示に従ってシートベルトを締め、安全バーを押し下げて背もたれに体
を固定する。
「あ、あの……。公さん……、手を……」
真奈美がはにかみながら手を伸ばしてきた。公はその意を察し、真奈美の手を
握ってあげる。
「あの……。離したりしたら、嫌ですよ……」
更に小声で言う真奈美。それにかぶさるように、場内アナウンスが鳴る。
「BEYOND発ネオ・トウキョウ行き、JSL802便。間もなく発進します。お見送りの
方は、エアロックまでお下がりください」
そのアナウンスが終わると、列車はウィンチに引かれ、坂になっている線路を
登りはじめる。
尻と背中が押しつけられる感じがする。公が横にいる真奈美を見ると、彼女は
目を閉じ、差し出した公の左手をしっかり握っている。
坂の頂上でウィンチから切り離されると、列車はニュートン力学の原理に従い、
重力を動力としてレール上を滑走する。上昇・下降、旋回……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」
前後左右の車両から、お客の悲鳴が聞こえてくる。
都合２分弱の"宇宙体験"も終わり、列車は元の駅へ帰ってくる。
公が真奈美の方を見ると、真奈美は公の手を握ったまま失神していた。
「先輩、先輩……」
公に揺り起こされ、真奈美は元の駅へ戻ってきたことを知る。
「あっ……、ご、ごめんなさい。
私、やっぱり気絶してしまったみたいで……」
「先輩、大丈夫？ 立てます？」
公はそう言いながら、真奈美に手を貸して列車を降りる。
出口へ続く階段を歩きながら、公はしきりに真奈美を気遣う。
「先輩、本当に平気ですか？」
「はい。あなたに手を握ってもらったら、落ち着いたような気がします……」
元の広場に戻ってきた。
「あ〜っ、面白かったね！」
「あのスピード感が最高ねっ！」
元気印の明日香とタフな夏穂は、まだ高揚感がおさまらないのか明るく振る舞
っている。
しかし、明日香と並ぶ元気印なはずのえみるは、ひとり青い顔をしていた。
「うぇ〜っ、ぎぼぢわ゛る゛い゛ぃぃぃぃ〜〜〜」
その発言を聞いて驚く一同。
「おい、永倉！ 大丈夫か!?」
「ふにぃ〜、えみりゅん、死んじゃいそう〜」
「おいおい。誰か、永倉を介抱してやってくれ」
「あっ、あたし行ってくる」
名乗りをあげたのは夏穂だ。
「すまん……。永倉を頼む」
夏穂はえみるに肩を貸し、
「えみるちゃん、大丈夫？」
といいながら近くのトイレへ連れて行く。
そんな二人を見ながら、
「人間、意外なところに弱点があるんだなぁ」
と感想を漏らす芝田だった。
・・・
しかし、近くのトイレは間の悪いことに満員。
やむなく、夏穂はその近くの別のトイレを探そうとするが、不案内な場所だけに
思うようなところを探し当てられない。
一人ならまだよいが、いまは乗り物酔いでグロッキーなえみるを連れている。
きょろきょろしていると、夏穂は後ろから男に声をかけられる。
年の頃は大学生くらいだろうか。いい具合に日焼けして、引き締まった顔をしている。
「あの……、どうされました？」
振り返った夏穂は、
「すみません。あの……、お手洗い探してるんですけど」
「トイレならあっちですけど」
男が指したのは、いま夏穂たちが行って満員だったところだ。
「いえ、あちらが満員なので、別のところを……。
この子、ジェットコースターで気分を悪くしたみたいなんで……」
「ごめんごめん。気がつかなくて。
それならこっちだよ。ついといで」
男がそういうので、夏穂は小さくうなずき、えみるを引っ張って連れて行く。
やがて……。
「あの、ほんとにありがとうございました」
やっと人心地がついた夏穂とえみるは、案内してくれた男に頭を下げる。
男は頭を掻きながら、
「いいって、そんなに気を遣ってもらわなくても……。
それより、まだ君たちの名前を聞いてなかったよね。
もし良かったら、教えてくれないかな？ 絶対、悪用はしないからさ」
夏穂は一瞬ためらったが、悪い人ではなさそうだと思って
「あの……、私、森井夏穂っていいます」
「"夏穂ちゃん"かぁ……、いい名前だね」
今度はえみるが
「はじめまして。私、永倉えみる。"えみりゅん"って呼んでね」
と、いつも通りの自己紹介をする。
「りゅ……、りゅん!?
それって、新しい流行語なの？」
"えみる語"を初めて聞かされたその男、目を円くする。
「あぁ、この言葉づかいは別に気にしなくってもいいんです」
夏穂が右手を振って、あわててフォローに入る。
「"夏穂ちゃん"に"えみるちゃん"かぁ……。
あぁ、僕は本郷義昭。二流大学の２回生」
そういって、義昭は名刺を二人に渡す。
夏穂に名刺を渡そうとしたとき、
「そう言えば、夏穂ちゃんってどっかで見たような記憶が……」
といいながら、義昭は首をひねる。
５秒後、
「あっ！ そういえばきみって"おたふく"の看板娘じゃない？
僕らさぁ、バイトの仲間同士でよく来てるんだけど……。奇遇だねぇ」
そう言うと、義昭は夏穂の耳元に口を寄せ、
「僕らの仲間内じゃ、けっこう人気あるんだよ、きみは」
とささやく。夏穂は少し頬を赤らめる。
「あのぉ〜。本郷さんって、よくここへ来るんですか？」
今度はえみるが聞いてきた。
「よく来るも何も……、僕の今のバイト先がここなんだよ」
「なにやってんの？」
と聞く夏穂。
「ほら。いま水上ステージで"宇宙交機シロバイン"ショーやってるでしょ？
僕は、あれに出てるんだよ」
「やられ役？」
夏穂がおどけながら尋ねる。
「ははは……。たまには主役もやるけど、たいがいはシロバインに殴られまくる役
なんだ」
あまり女の子に自慢できることではないので、苦笑するしかない義昭。
……と、その時、義昭の腕時計のアラームが鳴り出す。
「やべぇ、もうすぐ休憩時間が終わっちまう！
ごめんね、あまり話できなくって。
気が向いたらさ、こっちに書いてある携帯鳴らして。待ってるから」
そう言うと、義昭は夏穂とえみるに手を振りつつステージの方へ走っていった。
「本郷……義昭さん……かぁ。
あの人……面白そうな人……」
半分別の世界へ魂が飛んでいってる夏穂だった。
「ねぇねぇ、夏穂ちゃん。早く行こうよ。
みんなが待ってるりゅん」
夏穂はえみるに引っ張られてようやく正気に戻ると、皆の待つジェットコースタ
ー乗り場へ歩き出した。
――――――To Be Continued