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第44話「５年遅れの告白」
ジェットコースターでの乗り物酔いからなんとか回復したえみるが復帰し、一同
は続いて"ミステリーワールド"にある「モンスターハウス」へ向かった。
ここで俄然はしゃぐのは「へんなもの好き」のえみるだった。
「モンスターハウス、モンスターハウス。Go,Go！」
といいつつ、みんなを引っ張って入っていく。
「主人先輩……」
公の後ろで情けない声が聞こえる。振り返ると、榎本が震えている。
「せんぱぁ〜い。俺、ガキの頃からお化けとかこういう類、苦手なんです……」
「じゃぁ、おまえはここに残るか？」
公にそう言われて、
「そっちの方がもっと怖いですぅ！ やっぱみんなと一緒に行きます！」
という榎本だった。
モンスターハウスに入る。
演出上、中は真っ暗にしてあるが、地震や火災などの非常時に備えた「非常口」
の表示灯がいくつか、ほのかに点灯している。見ようによっては、これも演出に見
えなくもない。
誰かが、公の背中をつかんできた。
(誰？)
といぶかっていると、薄く照明がともる。
振り返ると、そこには真奈美がいた。薄暗いので細かい表情までは読み取れない
が、それでも彼女の話し方からして、本気で怖がっているようすがうかがえる。
「あの……。手、つないでもいいですか？」
真奈美が聞いてくる。当然、公には断る理由がない。
「うん。それじゃあ、手をつないで、ゆっくり出ましょう」
結局、公たちは一番最後に出てきた。
「おっ、出てきたな。学園きってのおしどり夫婦！」
早秀に冷やかされ、殴るポーズをした公だが、思わずその向こうに視線が行って
やめる。
見ると、そこには芝田と榎本がいる。ふたりは
「何が悲しくて……」
「モンスターハウスで……」
「男同士……」
「手をつながにゃならんのだぁぁぁ〜〜〜〜〜」
と、天を仰ぎながら叫んでいた。
その光景は、国民的な人気を誇る某女性漫画家の自伝コミックよろしく、背景に
縦線が入っていそうに見えた。
・・・
昼飯の後。
「さぁ、次はどこへ行く？」
芝田の問いかけに、それまでマップを見ていた早秀は顔を上げて
「そうだなぁ……、この"ヴァーチャル・ウォーズ"ってのは？
こいつも、こないだできたばっかりの新アトラクションだってさ」
「面白そう。ねっ、いこいこ」
横からそれを覗き込んでいた明日香と夏穂は声を上げる。
マップの案内によると、この"ヴァーチャル・ウォーズ"は某国の軍隊が開発した
市街戦シミュレーターをゲーム化したものである。プレイヤーはホールの中に設定
された架空の戦場で、お互いに敵対している"グリーン"、"ホワイト"の２チームに
別れて戦う。プレイヤーは超小型モニターを仕込んだヘッドギアとプロテクターを
身につけ、光線銃を持つ。
当たり・外れの判定は胸のプロテクターに取り付けられた光学センサーによって
行われ、センサーにビームが３発命中すれば、そのプレイヤーは"死亡"とみなされ
て自動的に失格となる(失格になると、自動的に光線銃のトリガーがロックされ、
その後のプレイに参加できなくなる)。そして、どちらかのチームが全員失格する
か、開始から10分経過して生き残ったプレイヤーの多いチームが勝利となるのだ。
「えー、それでは、お客様は８人ですので、いまから４人づつ、グリーンチームと
ホワイトチームの二手に分かれてもらいます」
スタッフがそういうと、早速えみるは
「じゃぁ、えみりゅんはダーリンと組んで……」
といって芝田に飛びつく。照れて顔を真っ赤にする芝田。
だが、横にいた榎本がそれを見て複雑な表情をしていたことには、誰も気づいて
いなかった。
一方の真奈美、公のＴシャツの背中を引っ張って
「あの……公さん……。一緒に……」
とささやく。もちろん、公に断る理由はない。小さくうなずく。
それを見た真奈美、
「よかった……。
私のこと、守っていてくださいね……」
と、さらに小さくささやいた。
チーム割りが
グリーン 榎本、夏穂、芝田、えみる
ホワイト 公、真奈美、早秀、明日香
と決まり、戦闘開始。プレイするステージはある都市の地下街をモデルにした
"Under Ground"だ。
公たちのかぶっているヘルメットは、フェイスシールドがハーフ・ミラー状に
なっていて、ここにマップや敵味方の残り人数、自分のダメージ度などの情報が
表示される。マップを見ると、公の後ろに白いポイントが１個。少し離れて２個
の白いポイントがある。おそらく、直後にいるのが真奈美で、離れた２個は早秀
と明日香だろう。
突然、緑のポイントが自分たちの進路を横切った。公が反応して引き金を引こ
うとすると、突然ハーフミラーに"Damaged!"の表示。誰かに撃たれたのだ。
そのとき、早秀の画面には"警告！ 味方を撃つな！"の表示。同時にダメージ
が１つ点灯し、早秀は振動を感じる。何のことはない。早秀はいきなりグリーン
チームの誰かに撃たれ、反撃したつもりが味方――公を撃ってしまったのだ。
これでホワイトチームは浮き足立って２つ――公・真奈美組＆早秀・明日香組
――に分裂。散発的にしか反撃できなくなってしまった。一方のグリーンチーム
は榎本が大活躍。正確な射撃でホワイトチームにダメージを与えていく。
その中で公は奮戦した。常に真奈美にぴったり寄り添い、真奈美に接近する敵
を次々と撃っていく。
ヘルメットに仕込まれたスピーカーから、
「後方に敵！」
という声がする。だが、公は正面の敵にかかずっていて反応できない。
真奈美は思わず目を閉じると、これまで引いていなかった光線銃のトリガーを
引く。0.1秒後、真奈美の眼前にあるハーフミラーが、"HIT！"の文字を表示する。
同時に撃たれた敵が一瞬止まる。
戦闘開始から10分後。画面に"戦闘終了"の表示が出る。同時にホールに照明が
ともり、元の風景に戻る。
さて、戦闘の結果はといえば……
| グリーン | | | ホワイト | |
| 榎本 | ダメージ１ | | 公 | リタイア |
| 夏穂 | ダメージ２ | | 真奈美 | ダメージ１ |
| 芝田 | ダメージ２ | | 早秀 | リタイア |
| えみる | リタイア | | 明日香 | リタイア |
３対１でグリーンチームの勝ちと相成った。
・・・
夕方。
一行は大観覧車に乗ることにした。
ここの観覧車は最高点が地上から103ｍあり、天気が良ければ三磯・印種の両市
が一望できるとあって、ここでのデートの定番となっているのだ。
一行は乗り場で20分待たされて、ようやっと乗ることができた。
その１個のゴンドラに、公と真奈美が乗っていた。
本当は向き合って乗るのが筋なのだが、ふたりは並んで座っていたので、ゴンド
ラが少し傾いている。が、乗っているふたりは気にしていない。
「うわぁっ、きれい……」
ゴンドラが上昇し、ディスティニーランドの敷地が足元に見えると、真奈美は素
直に感動を口にした。
「本当。この景色もきれいだけど、杉原先輩の方が、もっときれい……」
公も自分の気持ちを素直に口にした。
実際、いまの真奈美の横顔は西日に照らされ、その光の加減がいいしれぬ魅力を
醸し出している。
「こうして見ていると、なんだか、時間が止まったみたい……」
真奈美はつぶやくように言う。
しばしの間があって、真奈美がまた口を開く。
「公さん。先日は本当に、ありがとうございました。もう、どんなに言葉を尽くし
ても足りないくらいに……。
あんなに傷だらけになって、死にそうな思いまでして……私を……」
「いやいや……。僕はただ、約束を守っているだけですから」
「約束……ですか？」
一瞬、意味が理解できなかった真奈美に
「ほら。１年前、僕が部活に来た最初の日ですよ。部員が先輩ひとりで、"誰かが
世話をしないといけないから、一人になっても……"って言って泣いてた日。あの
時、僕は"先輩の力になる"って言いました。
僕は基本的に、嘘をつくのが嫌いなタチなんで、一度言った以上は、それを守ら
ないといけないって自分にプレッシャーかけているんです。
それに……」
「それに？」
真奈美が聞き返す。
「最初はそれほどでもなかったんですけど、１年間、ずっと先輩と一緒に動き回っ
ているうちに、分かったことがあるんです。
先輩の、クラブで飼っている小鳥やウサギたちに向けている優しい目、言葉、手
つき……、それが全て、生きているものへの愛情から出ていること。そして、その
愛情に包まれているときの僕が、一番僕らしくいられることに……」
「………………」
「だから、先輩が銀虎会の連中に捕まって結婚させられそうになったとき、一瞬、
死のうかとも思ったくらいなんです」
「そんなことまで……。
でも、私のことをそこまで想ってくれているなんて、嬉しい……」
数秒後、二つのシルエットが重なる……。
いつしかゴンドラは頂上を通過、あとは乗り場へ下るだけだ。
・・・
「急げ、早く行かないと、いい位置が取れないぞ！」
夏の長い太陽は西の水平線に没し、あたりは闇が支配しつつあった。
その時、一行は間もなく始まるナイトパレードのために走っていた。早く行かな
いといい位置で見られないので、早秀が引っ張って走っているのだ。
しかし、今日は天気が良いので人出も多く、いつのまにか一行は公＆真奈美、早
秀＆明日香、芝田・夏穂・えみる＆榎本の３グループに分裂してしまった。
このディスティニーランドでは、普通の遊園地のような"呼び出し放送"は行って
おらず、このように迷子になったときは、エントランス・ゾーンにある総合案内所
「ギルガメッシュの酒場」にメッセージを置いて行くことになっている。
ともあれ、早秀が明日香の手を引いてたどり着いたのは、この遊園地のランドマ
ークでもある「ホワイト・キャッスル」前の小高くなった芝生のところだった。
「場内の皆さま、
まもなく"スーパー・エレクトリック・ファンタジー"が始まります。最後まで、
ごゆっくりご鑑賞くださいませ」
場内にアナウンスが流れると、観客は一同に静まりかえる。
続いて軽快な行進曲風のBGMが鳴り響き、童話に出てきそうな城の中から、ぴか
ぴかの電飾に彩られた台車がゆっくりと走ってきた。その台車には、ここのマスコ
ット・キャラであるコアラをはじめとするいろんなキャラクターが乗り、人が歩く
程度の速さで進んでいた。
「すっごいねぇ〜。噂には聞いてたけど……」
芝生に腰を下ろした明日香が、パレードを見ながら言っていた。
「おっ、チェック魔のおまえからそんな発言が出るとは思ってなかったぜ」
早秀にそう言われて
「それ、どういう意味？」
と混ぜ返す明日香。
「いや、おまえのことだからさ、きっとこれもチェック済みだと思ってたんだけど
……」
しどろもどろになりながら話す早秀。
「でも、これは別なの……」
「？」
「このパレードは、あたしの好きな人と見たかったんだ……。
だから、みんなにはわざと教えていなかったの。この場所が一番ベストだってこと」
「そ、その好きな人って、まさか……」
早秀のその言葉に、明日香は彼の方を向き、その目を見て
「丹羽……、早秀……。あなたのことなのよ……」
一語一語、絞り出すように言う。
「…………………………」
早秀は黙ってしまう。
思考中につき、言葉は不要ということだろうか。
「あのね、女の子がこういうこというのって、すごく恥ずかしいんよ」
(そうだったのか……、やっぱりそうなのか……。
明日香も俺のことを…………。
俺が５年間、想いつづけて言えなかったことを……)
そう思うと、早秀は目の前にいる、小柄でふっくらした少女――明日香のことが
たまらなく愛しく思えた。そして、
「星野……、いや、明日香……。
俺、中学に入って初めておまえといっしょのクラスになったとき、最初は"うる
さいやつだなぁ"って具合にしか思ってなかった。だから、初めておまえが俺に話
しかけてきたときも、つっけんどんな返事しかできなかった。
でも、クラスのみんなと一緒におまえを囲んで遊んでいるうち、いつのまにか、
おまえの姿ばっかり探している俺がいて……。
いつかおまえが、俺の前からいなくなると思ったら、たまらなく寂しくて……。
だから、おまえといっしょの高校に入れたときは、正直嬉しかった」
「早秀……」
「でも、いざそのことを言おうと思ったら、照れてしまうし、誰かに冷やかされる
んじゃないかって思うと恥ずかしくて、口に出てくるのは悪口ばかり……。
そのたびに、つくづくそんな自分が嫌になっちまって……。
で、この前、公やおまえらといっしょに杉原先輩を取り返しにヤクザへ殴り込み
したとき、最後らへんで、おまえがヤクザの親分に攻撃されて倒されたことがあったろ？
あのときに、分かったことがあるんだ」
「分かった……ことって？」
明日香は早秀の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
「俺には、明日香が必要だってことが。あいつ――公にとっての、杉原先輩のよう
に……。
そうだ。杉原先輩がヤクザに捕まっていたとき、あいつがつぶやいていた言葉が
あるんだ。
"……先輩がいない世界なんて、俺には考えられない。
杉原先輩がいなければ……、俺、生きていられない……"
俺は、やつの言ってたこの言葉を"明日香"に代えて、おまえに贈りたい。
"明日香のいない世界なんて、俺には考えられない。
明日香がいなければ、俺は生きていられないんだ！"」
それを聴いた明日香、たちまち目に涙をいっぱいに浮かべて、
「早秀……。あたし、その言葉をずっと待ってたの……。
初めて出会ってから５年間、ずっと……」
そう言うと、早秀に抱きついてきた。
早秀は明日香のぬくもりを感じながら、
「俺、本当は不器用な男なんだぜ……。
"明日香のことが好きだ"
口に出してしまえば３秒で終わる、こんな単純なことが言えるようになるまで
５年もかかる奴なんだから……。
こんな俺でよかったら……。
おまえが本当に、俺なんかで後悔しないのなら……、
これからもずっと……」
涙声でそう言っていた。
明日香もまた、
「それはあたしのせりふ。
あたしも、あなた以外には考えられない……」
早秀の胸に身を預けてそういっていた。
やがて、早秀は右手の人差し指で明日香のあごを軽く上げ、まっすぐに彼女を
見つめる。明日香も彼の意志を察し、軽く目を閉じる。
数瞬後、二人の唇が重なる。
(早秀……。
あたしの唇は、いえ、あたしはもう、あなただけのものなんだからね……)
明日香は生まれて初めての口づけに、後頭部がしびれるような感覚を味わいな
がら、そんなことを考えていた。
その時、パレードのクライマックスを告げる打ち上げ花火が上がった。
その花火は、いま、新しく恋人同士となった二人――早秀と明日香を祝福して
いるかのように見えた。
――――――To Be Continued
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