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「THE iDOLM@STER」Side Story
「Do You Believe "Destiny"?」
2008年8月17日「コミックマーケット74」頒布
「Do You Believe "Destiny"?」所収
第二話「ＴＨＥ ＤＥＢＵＴ」
小次郎が春香と出会い、プロデュース活動を始めてから三週間が経っていた。
ある日の午後。
二人はいま、ある歌番組のオーディションに参加するため、「大東京テレビ」というテレビ局に来ている。
今回、参加しているオーディションは「ＴＨＥ ＤＥＢＵＴ」。
日曜の深夜帯――日付的には月曜日――に放映される、新人アイドルのお披露目番組だ。
「まずは、この番組に出演してファンをしっかりつかむこと。
全てはそこからだ」
朝、事務所を出発する前、高木社長はそういって二人を送り出したのだ。
参加者の控え室に割り当てられた大会議室では、春香たちのほかにもこの番組のオーディションに参加するアイドルたちが集まり、彼女たちの担当プロデューサーとの打ち合わせや歌・振り付けの最終チェックを行っている。
「な、なんだか、緊張しますね…」
その様子を見ていた春香が、思わず小次郎に声をかける。
「あぁ、そうだな…」
表面は冷静を装いながら、短くそう答える小次郎。
しかし、その内心は「冷静」とは程遠いものだった。
無理もない。当の小次郎にしても、ついこの間までは「音楽」とは疎遠の生活を過ごしてきたのだ。
あの日、ヤケ酒を呷っていた「だるい家」で高木に声をかけられ、半ばなし崩し的な展開で、気がついたら「プロデューサー」と呼ばれる者になってしまった小次郎。
知識――それも基礎中の基礎だけは、高木からほぼ「一夜漬け」に近い状態で仕込まれていたが、机上の知識と実践とは違うのが世の習い。
そんな人物をむざむざ現場へ送り込む高木の神経もどうかと思われるが、きっと何かがあるのだろう。
小次郎はそう納得せざるを得なかった。
…というより、そうでもしなければまた、かつての「輝いていた日々」を懐かしんでそこから抜け出せない、自堕落な生活に逆戻りしてしまう。
小次郎には、己の傍にいる少女――春香と共に、もがいてでも、地面に這いつくばってでも、前へ進むしか道がなかったのだ。
そうしているうちに会議室のドアが開き、三人の審査員が入ってきた。
かつて、伝説のストリートダンサーとして名を馳せたという若き振付師「軽口哲也」、
新進気鋭の女性音楽評論家「歌田音」、
そして、数々の賞を取ってきた一流写真家の「山崎すぎお」。
（今朝、高木から聞いた話では）ダンスイメージが流行の一位、ということで、今回のオーディションでは軽口が審査委員長を務めるようだ。
「オーケー。全員集まったようだな？
では、一番から順に自己紹介ヨロシク！」
軽口の発声で、まず「１」のワッペンを左胸につけた少女が自己紹介を始める。
「エントリーナンバー一番、
電脳プロダクション所属『Ｌ・Ｏ・Ｏ・Ｋ』です。
よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる少女。
「じゃぁ二番」
「エントリーナンバー二番、
同じく電脳プロダクション所属の『ハニートースト』です…」
こうして、五番までの自己紹介が終わり、続いて六番――春香の番になった。
「じゃぁ最後、六番のリボンのキミ、自己紹介ヨロシク」
春香は軽口の呼びかけに立ち上がると、
「エントリーナンバー六番、
７６５プロダクション所属『天海春香』です。
あの…、私の顔、覚えてください！」
事前に車中で小次郎から指示されていた通りに審査員へアピール。
しかし、当の軽口はちょっと顔をしかめながら
「うーん、なんかさぁこう、違うんだよねー。
ま、本番頑張って」
とさえないリアクション。
そして他の参加者からは苦笑の声がちらほらと。
「は、はいぃ…」
さすがにこんな反応をされると、春香もたまらずすぐに着席。
（チッ、しくじったか…）
小次郎もまた、当てが外れたことに不本意な表情を示す。
「うし、それじゃ早速、一回目の中間審査始めるから、一番のコから順にスタジオへ移動ヨロシク」
五組目までの審査が終わった。
五番目に審査を受けた少女――「秋野優」が控室に戻ってきたのと同時に、番組のスタッフがやってきて声をかける。
「エントリーナンバー六番、天海春香さん。まもなく第一審査を始めます。
準備よろしくお願いします！」
「ほら、出番だぞ」
小次郎からかけられたその声に、春香は電気に打たれたように席を立つ。
「初めてだから気楽にな」
しかし春香は
「あ、頭ではわかってるんですけど…」
こっちもいっぱいいっぱいになっている。
果たして無事に審査を受けられるだろうか…？
第一審査。
小次郎の作戦は、第一流行であるダンスに力点を置きつつ、これに続くボーカル・ビジュアルのイメージにもバランスよくアピールを配分する、というもの。
実際、春香はその指示通りにアピールしていったものの、他の対戦者はダンスを集中的にアピールしたためこのイメージでは五位。
しかし、相手はその分他のイメージへのアピールがおざなりになり、それに助けられて、春香はこのジャンルでは一位となった。
合計点は五点――まだ勝負にはなる点数だ。
「プロデューサーさん、次の審査はどうします？」
春香の質問に小次郎は
「うん、作戦は変えない。
このままマイペースで行けばなんとかなる…はずだ」
春香の肩に手を置いてそう言った。
そして続けて
「正直、俺もまだまだ未熟だから、お前に充分なレッスンができたかといわれれば自信はない。
でも、いつかのレッスンでお前が言ってくれたよな？
『プロデューサーさんに未来賭けてる』
って。
俺はその言葉聞いて、正直嬉しかったぞ」
…その言葉が、春香のモチベーションを大幅にアップさせた。
休憩後の第二審査。
歌声の質、ダンスのキレ、そして表情――全てが審査員たちの心をわしづかみにしたのだ。
春香のステップにあわせ、無意識に足でリズムを取る軽口。
思わずテーブルに手をつき、春香の口から紡がれるフレーズを一言たりとも聞き逃すまいと身を乗り出す歌田。
そして、この場にカメラを持ってきていなかったことを本気で後悔する山崎。
彼らの目に映った春香の姿は、このオーディションが新人アイドルのそれであることを忘れさせる――既に幾度もオーディションをくぐってきたアイドルのものであるかのように見えていたのだ。
第二審査で全審査員から評価点を得た春香は、最終審査でも同じように評価点をゲットして全ての審査を終えた。
審査を終えた春香が控え室へ戻ってくると、小次郎は一枚の紙切れを眺めていた。
「あっ、プロデューサーさん」
声をかけると、小次郎は顔を上げて
「おっ、終わったか。
こっちでも見てたが、さっきの第三審査もいい感じだったな」
「そうですか？
…えへへ、実は…」
「どうした、春香？」
小次郎の問いかけに
「さっき、プロデューサーさんがかけてくれた言葉思い出したら、不思議と緊張が解けちゃって。
なんか、自然に体が動いて、自然に声が出たというか…、そんな感じで」
そう返す春香に、小次郎は大きくうなずくと
「春香がそんなふうに歌えたんだったら、結構いいところまでいきそうだな」
「はいっ！」
そんな話をしていると、スピーカーから放送が流れる。
「『ＴＨＥ ＤＥＢＵＴ』オーディションに参加された皆様、
審査の最終結果を発表しますので、スタジオに集合してください」
「よし、結果を聞きに行こう」
小次郎は春香を促して、スタジオへ向かう。
「全員集まったか？ それじゃ、いよいよ今回の合格者発表だ！
ドキドキするだろ？」
集まった六組のユニット――それを構成する十名前後の少女たちを前に、軽口が呼びかける。
「合格したのは…」
そこで言葉を切り、思いっきりタメを作りながら、持っていた紙片を広げる軽口。スタジオに緊張が走る。
「まずはエントリーナンバー三番、『ＭＩＸ！』」
小次郎たちの前にいた三人組の少女が歓声を上げる。
「続いてエントリーナンバー二番、『ハニートースト』！」
これで二組が呼ばれた。
残る枠は一つ。春香はこの枠に入れるのか？
小次郎は（表情には出さないものの）焦っていた。
第一審査こそ他のユニットに先行されたものの、その後は彼の励ましもあってか持ち直し、評価点を得ている。
だが、現実にはまだ名前を呼ばれていない……。
横目で春香を見た。
彼女もまた、細かい表情はうかがい知れないが、審査員たちの向こう側にある、目に見えない「何か」を見据えている――そんな風に、小次郎には見えた。
物理的な時間はそれほどたっていないが、そんな時が流れて…。
軽口が口を開く。
「さぁ、いよいよ今日のオーディション、最後の合格者発表だ！
ドキドキするだろ？」
……
……
……
「最後の合格者は――
エントリーナンバー六番『天海春香』！
今日はこの三組が合格だ！ オメデトウ！」
スタジオに歓喜と悲鳴・落胆が同時に訪れる。
そしてこの瞬間、春香のテレビ初出演も同時に決定したのだ。
「それじゃ、合格したコたちは番組の打ち合わせがあるんで、いまから三十分後にもう一度ここに集合。
あ、いま呼ばれなった人たちはもう帰っていいよ。
お疲れさんでした〜」
軽口が閉会を宣言すると、たったいま「落選」が決まった三組のユニットは落胆した表情で帰り支度を始める。
中には、悔しさのあまりか涙ぐむ少女や、あふれる涙をぬぐいもせずにその場に立ち尽くす少女もいる。
その光景を視界の隅に認めた小次郎
（今回はうまくいった。
だけど、あれが、次の俺たちの姿かもしれない…）
そういう思いを抱くのであった。
…しかし、これには余談がある。
小次郎は後になってからそれを知ったのであるが、このオーディションについてだけは、最終審査で不合格になったとしても「救済措置」があり、少なくとも一度はテレビ出演ができるとのこと。
それから数時間後。
春香は、「ＴＨＥ ＤＥＢＵＴ」のオーディションに合格した他の二組のユニットと共に収録スタジオのステージに立っていた。
オーディションの時にはトレーニングウェアを着ていたが、今度は、小次郎がコーディネイトしたステージ衣装に身を包んでいる。
「それじゃ、春香ちゃんのテイク一、行きまーす」
番組のディレクターが合図を送る。
「五秒前、四、三、二…」
ディレクターの右手が勢いよく振り下ろされると同時に、春香が歌う歌――「ＴＨＥ ＩＤＯＬＭ＠ＳＴＥＲ」のカラオケが流れる。
同時に、スポットライトからいくつもの色の光線が春香に向けて浴びせられる。
春香は、三週間の間に何とか覚えた何かを思い出して、歌詞の最初のフレーズを言葉に乗せる。
もう 伏目がちな昨日なんて要らない
今日これから始まる 私の伝説
春香にとっては今日、この日の歌がまさしく「始まり」となったのだ…。