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「THE iDOLM@STER」Side Story
「漂流姫200X」
初出：2007年8月19日「コミックマーケット72」頒布
第３部
「ゼネラル・アーティスツ」との交渉が「決裂」してから……。
それからしばらくの間、春香や小次郎の周囲には何も起こらず、いつしか「あれは、交渉が決裂した悔し紛れ――ただのハッタリだったのでは？」という空気が周りを支配していた。
しかし、変化は徐々に訪れた……。
春香に種々来ていた仕事の依頼の中に「急に都合が悪くなった」などというクライアントからの連絡で「キャンセル」になる案件が少しずつ出始めた。
最初のうちは広告の出演依頼や雑誌の取材申込程度だったが、やがて、歌番組のオーディションへの参加を申し込んだはずが、いつのまにかどこからか別のユニットが参加してきて「参加取消」になってしまったり、かねて計画していた単独コンサートツアーも、バックバンドのメンバーやらスタッフが急に消息を絶ったり交通事故で入院したり、ということが続いて中止になり……。
「はい、はい……。え？ 春香に出演依頼はしていない？
……そうですか。申し訳ありませんが、一度ご確認願えますでしょうか。
もしかしたら何か行き違いがあるかもしれませんので、こちらでも確認をして、何か分かりましたら連絡します」
小次郎は深い溜息と共に受話器を置いた。
春香に来ていた「はず」の仕事の「キャンセル」、これでもう何件目になるだろう。
（やっぱり、あの「プロジェクト・ハーメルン」とやらのせいか…）
小次郎がそんなことを考えていると、今日のレッスンメニューを終えた春香が机のそばに立っていた。
「プロデューサーさん、今日のメニュー終わりましたけど…
あれ、どうしたんですか？」
春香がその大きな目を見開いて、こちらを覗き込んでくる。
「また、キャンセルですか…」
その瞳には憂いの色。
「あぁ、まただ…。
畜生。これで何件目だ…」
小次郎は春香から視線をそらすと、右手で顔を覆いながらつぶやいた。
と、そこへ…。
「麻宮さん、春香ちゃん。社長がお呼びです」
声をかけてきたのは小鳥だった。
小次郎と春香が社長室に入ると、そこには律子と小鳥、そして、同じ７６５プロに所属する他のアイドルやユニットを担当しているプロデューサーが何人かいた。
ちなみに、現在の７６５プロでは一人のプロデューサーが一人のアイドル、または一ユニットを担当する制度を採っている。
「君たちを呼んだのは他でもない」
開口一番、高木はそう切り出した。
「先日、天海君を引き抜きに来た連中のことだが――
調べてみたら、とんでもない事実が判明したんだ」
「！？」
空中に感嘆符と疑問符を同時に飛ばす春香と小次郎。
「あの男――中村が話していた『プロジェクト・ハーメルン』の正体だが……、
あれは、ウチの天海君を使って国民世論を誘導しようという、政府筋の極秘計画だったんだ」
それから高木が語ったことによると――。
「歌のパティシエ」で、春香が血液の難病――再生不良性貧血患者の少年と話したことがきっかけで「骨髄バンク」のＣＭの仕事が取れたわけだが、この「仕事」を仕込んだのも彼らだという。
そして、その「骨髄バンク」のＣＭがオンエアされた後、政府機関や官公庁からの広告出演依頼が７６５プロ――春香のもとに大量に持ち込まれたが、これも「清廉潔白な美少女」というイメージを定着させるためのこと。
そして、真の目的は春香が二十歳になった後――西暦二〇〇九年以降に行われる国政選挙。
ここで、春香を現在の政権与党である「民主自由党」のＣＭに出演させる。
そうすれば、これまで政治に関心のなかった多くの若者が投票所に足を運ぶことになり、そのうちの大半がひとつの政党へ投票するはず――おそらく「天海春香」と書いて投票される無効票も結構な割合で出るだろうが――。そして、それらの「ブースト」による新たな票の上積みで、うまくすれば議席数も伸ばせる可能性が出てくる。
更にその五年後――二〇一四年になれば春香は二十五歳になり、衆議院議員の被選挙権が発生するので、その際に民主自由党に入党させ、同党の「比例代表候補」として立候補させて政界に入れ、そして更に遠い将来――二〇二〇〜二〇三〇年代には「内閣総理大臣・天海春香――日本初の『女性宰相』」に仕立てることも計画に入っていた、という…。
「…では、このところ、春香の仕事がことごとく妨害されているのも？」
小次郎が聞き返すと、高木は
「おそらく、そういうところだろうな。
我々がヤツらの『計画』への協力を拒んだことに対する報復…」
深いため息とともにそう告げた。
「…どうして…」
蚊の鳴くような細い声。春香だ。
「どうして…私が？ 私、何も悪いことしていないのに…」
春香を横目で見る小次郎。
うつむいたその表情までは見えなかったが、彼には春香がどんな思いでいるかが理解できた。
小次郎は身を寄せ、そっと肩を抱いてやる。
そのまま視線を眼前の高木に向け、
「俺たちが、春香のためにしてやれることってないんですか？」
口調をやや強めて聞き返す。
「…ないことはない」
結局その日は、「プロジェクト」の手がまだ及んでいないとされる「ネット」方面の活動――ＰＶを動画投稿サイトへ掲載したり、７６５プロの公式サイトに載せている「ブログ」からの情報発信を強化したりする、という方針に落ち着いた。
だが、事態は更に悪化していく。
「プロジェクト」の手によると思われる「工作」が、春香だけではなく７６５プロ所属の他のアイドルにも及んだのだ。
最初にやられたのは菊地真。
スポーツアトラクション番組「マジカル！！ 筋肉パワー」の収録で、セットから転落して右足骨折という重傷を負ったのだが、調べてみるとセットの一部が損傷していたという。
続いて食らったのは水瀬伊織。
単独コンサートの開演中、会場に居眠り運転のトラックが突っ込んできて玄関を大破――幸い、伊織にも観客にもスタッフにも怪我はなかったが。
高槻やよいは自宅が何者かに放火されて一家揃って焼け出され、三浦あずさは、某匿名掲示板に書き込まれた「年齢詐称」疑惑が公式ブログに飛び火して大炎上…。
これらのことが立て続けに起きると、まだ被害の及んでいない他のアイドルへの仕事依頼も次々とキャンセルとなり、彼女らの担当プロデューサーやスタッフは文字通り、不眠不休でその対応に追い回されることになってしまう。
その様子を見て、小次郎は何かを決意したのか、近くで事務所が借り上げているマンションに滞在していた春香をメールで呼び出すと、彼女と共に高木のもとを訪れた。
「今日は、どうしたんだね？」
このところのトラブルで憔悴しきった表情を見せながら、高木は二人を出迎えた。
「社長、今回は春香のことで、他の娘たちやスタッフにまで迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ありません」
小次郎が頭を下げると、高木は
「あぁ、そのことならいい。
こうなった以上、いまここで『責任の所在』をどうこう言ってもはじまらんからな。
それよりも、ここに来たのはどうしてかね？」
小次郎は少し考えたような表情を見せたが、すぐに
「春香を連れて、日本を出ようと思います。
このまま春香が日本に留まっていても、いままでのような芸能活動を続けることはおそらく難しいでしょうし、それに、たとえ一時期でも春香がここからいなくなれば、ウチへの『攻撃』も減るかと思いますので」
高木は小次郎の言葉に、しばし瞑目していたが、やがて目を開けると
「…逃げるのはいいとして、アテはあるのかね？」
「いえ、それは…」
「ならば、いま如月君のいる『７６５プロダクションＵＳＡ』を頼ってみるか？」
「７６５プロダクションＵＳＡ」――。
それは、春香と同期入社のアイドルで、現在は海外に活動拠点を移している如月千早が現在所属している事務所である。
日本にいた頃、春香と並び立つ７６５プロの二大トップスターだった千早。
実働一年少々でトップアイドルの座に昇りつめた彼女は「より高いレベルでの音楽活動をしたい」という意向のもと、アイドルとしての活動を一旦終えた後、担当のプロデューサーと共に渡米したのだ。
「向こうで、音楽活動を再開できるまでの間の生活サポートは、こちらの方で手配をしておく。
君は天海君の準備を手伝ってくれたまえ」
高木に一礼し、社長室を出ようとした二人だったが、
「あぁ待ちたまえ。君たちに渡しておきたいものがある」
高木は二人を呼びとめ、デスクに招き寄せる。
引出の下から耐火金庫を取り出し、注意深く鍵を開けてその中身を二人に見せる。
「それ」は、黒光りした金属の塊――拳銃。
小次郎は
（芸能事務所の社長が、どうしてこんなものを？）
というフレーズを思わず頭に浮かべたが、それを口に出すことはできなかった。
何故ならば、高木が「それ」を小次郎の手に握らせて
「天海君を……頼む……。
彼女を、守りきってやってくれ……」
と、懇願してきたからだ。
高木は小次郎の「元・自衛官」という経歴を知っている。
だからこそ、これを託したのだろうか…。