第２話「明日香のちっちゃな抵抗・前編」
ことの起こりは、２学期の始業式にさかのぼる……。
この日、早秀＆明日香のいる２年４組に一人の転校生がやってきた。名前を「徳田
新之助」といい、ここへ来る前は金沢の中学に通っていたらしい。
――たまたま席が隣同士になったので――、早秀が彼を捕まえてあれこれ聞いてみると、
徳田はもともと青森の方に住んでいたらしいが、家庭の事情がかなり複雑らしく、その
せいであちこちを転校して回っているとのこと。
最初は小学４年の秋に青森から仙台へ引っ越し、それ以後、札幌→大阪→京都→名古屋の順番に渡り歩き、小学校卒業後には渡米してサンフランシスコにいたこともあるらしい。更にその後も、広島→長崎→金沢を経て三磯にやってきたそうだ。
しかも、どういう
理由があるのか、一つの街にはおおむね３ヶ月〜半年程度しかいられないらしく
――その理由が何だったのかは、結局、３年生への進級を前に彼自身が高松へ転校
してしまったため、ついに最後まで聞き出せずじまいだったが――、今度もいつ、この街を
出なければならないのか見当がつかないそうだ。
・・・
ともあれ、徳田はとても中学生とは思えない甘いマスクと、どこか影のありそう
な雰囲気――転校を繰り返してきた日々が醸し出すものか――で、たちまちクラス
の女生徒たちをとりこにしてしまった。
普通このような展開なると、男子生徒側からのやっかみが出そうなものなのだが、この２年
４組については例外だった。
明日香に鍛えられて、男子側の"イベント部長"になっていた早秀が積極的に徳田
と仲良くなったので、他の生徒たちも積極的に徳田とコンタクトを取ろうとする。
徳田もまた、――転校を繰り返す日々の中でそうすることを学んでいたのか――すぐにみんなに溶け込んで遊びの輪に入ってきた。
誰もが、平穏無事に済む日々を思っていた……。
この間、南洋で生まれたいくつかの熱帯低気圧が日本列島を通り過ぎ、TVのニュースでも、それらが各地に与えた被害状況を流していたが、幸運なことに、三磯の街は大きな被害を免れていた。
そして制服が冬服に変わる頃、第四中学校では秋の一大イベント"学校祭"の話題
で持ち切りとなっていた。
この学校祭の「演劇発表」で２年４組は「白雪姫」をやることになり、ある日の
HRでその配役を決めることになった。
王子の役には、徳田が満場一致で選ばれた。だが、ヒロインである白雪姫の役が
なかなか決まらない。
無理もない。この劇ではクライマックスに王子(＝徳田)とのキスシーン――とは
いえ、実際に唇を重ねたりするようなことはないのだろうが――があるし、加えて
この時期、徳田は２年４組の全女子生徒共通の"アイドル"的存在になりつつあった
のだから。
そんなわけで、白雪姫役には女子の３分の２が立候補してしまった。
男子生徒と立候補しなかった女子を中心とした投票の結果、同点で二人が残った。
ひとりは"しゃしゃり出るのが大好き"な明日香。もう一人はクラス委員長を務める
「水谷麗子」という名の娘であった。明日香とは180度正反対で、知的でクールな雰囲
気――既に中学生のそれではなかった――を醸し出す女の子だった。
そして、このふたりで"決選投票"をした結果、白雪姫の役には１票差で明日香が
選ばれた。
しかし、このことが後々、明日香に災難をもたらそうとは、神ならぬ彼女の知る
ところではなかった……。
始まりは、小さなことからだった。
学校祭が終わって数日後、体育の授業を終えた明日香が教室に戻ってくると、机
の中に入れてあった情報誌が消えていた。
(あれ？ 誰かが借りていったのかな？ さては早秀ね。
まったく、借りるなら借りるでアタシに一言断ってよね……)
そう内心でぼやいているところに早秀が帰ってきた。明日香は早速聞いてみる。
「ねぇ、早秀」
「？」
「アタシの机に入ってた"メモリアルスポット"知らない？」
「え？ そんなの知らんぞ」
「変ねぇ。アンタが借りてったと思ってたのに……」
早秀はあきれて、
「おまえなぁ……、いくら俺が今月の小遣い使い果たしてピーピーだからって、そんなセコイ真似するかよ？」
「そ、それもそうね。
まぁ、明日になれば最新号が出るからいいけどね……」
しかしその同時刻、教室の片隅にいた麗子がなんとも表現のつかぬ微笑を浮かべ
ていたことに、早秀も明日香も気づいていなかった。
それから連日、明日香の周りの私物がどんどん消えていった。
ある日にはノート、また次の日には下敷き。そしてまた次の日には体操着という
具合に……。
「あ〜もう！
なんでアタシのものだけ、こう次々となくなるのよ！」
ある日の下校時、その日持ってきた教科書が全部なくなってしまったことに気づ
いた明日香はついにキレてしまった。
「どうしちまったんだよ、星野？」
早秀が驚いてとりなす。
「だってさぁ、これで１週間連続よ。アタシの物がなくなるの……」
「そういえば、俺も変だとは思っていたが……」
そこへ麗子がやってくる。
「あら、星野さん。
今度は何をなくしたのかしら？」
「アンタには関係ないでしょ？」
明日香が気色ばんで聴いたが、麗子はそれを軽く受け流し、
「大ありよ。
この４組のクラス委員を拝命しているわたくしとしましては、このクラスで泥棒を飼ってい
るなんて噂が流れでもしたら困りますものね」
と、明日香たちを見下すような視線で言い放つ。
「それにしても、星野さんがこうまで泥棒に狙われるとは困ったことですわねぇ。
ひょっとしたら、あなたの日頃の生活態度の悪さが、付け狙われるところなのかもしれませんね？
……だって星野さんって、遅刻・早退の常連だって聴いてますもの」
「あにぃ！」
明日香はさすがにカチンときたのか、机を叩きながら立ち上がろうとする。
このままでは、麗子のところに駆け寄って顔面に一発叩き込みそうな勢いだ。
「落ち着け、星野！」
さすがに早秀も、抑えるだけが精一杯だ。
「丹羽くんも丹羽くんね。こんな人と一緒にいるなんて。
まぁ物好きっていうか……。
悪いことは言わないから、早めにその子とは手を切っといた方が、あなたの将来
のためにはいいと思うわ、私」
「水谷、なぜそこで俺に振る！」
「じゃ、私はこれから塾がありますもので……」
麗子は"どこに風が吹くか"といった表情で教室を出ていった。
早秀は麗子の閉めていったドアを睨みつけると、
「あのアマ、いつかグーで殴ってやる……」
と、立てた中指の爪を相手に向けてつぶやいた。
その帰り道。
一応部活には登録しているものの、お互いに幽霊部員である早秀と明日香は、ショッピング街にきていた。この一角
には、早秀が最近見つけてきたお好み焼き屋がある。
その店の名は「おたふく」といい、「看板娘」の夏穂という女の子が人気を集め
ているらしい。
「それにしても、おまえの状態見てると、こりゃ典型的な"いじめ"だなぁ。
星野は何か、人に恨まれるようなことした覚えあるのか？」
「そんなの……、アタシの方が教えてほしいくらいよ」
「あっ、そうか……。
物がなくなった以外に、何か変わったことはないか？」
「そうねぇ……」
明日香はあごに人差し指をやって、しばしなにかを思い出していたが、
「そう言えば、前は"メモリアルスポット"の発売日ともなると、休み時間になった
らまずアタシのところにみんな集まってくるのに、最近はぐっと数が減って……」
「いつから？」
「学校祭が終わったくらいからかなぁ。
ほら、あの時アタシ、"白雪姫"やったじゃない？」
「あぁ、あの徳田とのキスシーンがあるっていう……」
そこで早秀は言葉を詰まらせ、
「そ、それで……、おまえ、その……徳田と……し、したのか？」
と、明日香の顔を見据えてまじまじと聞いてきた。
その表情がよっぽど面白かったのか、明日香はぷっと吹き出して
「やぁ〜だ、そんなの。するわけないじゃん。
寸止めよ、す・ん・ど・め。
まぁ、客席の方からは本当にしているように見えたんだろうけどね」
「そっか……、それなら良かった……」
早秀は胸をなで下ろす。
「何が"よかった"の？」
明日香に尋ね返されて
「……いや、なんでもない」
早秀は慌てて打ち消す。
が、次の瞬間、真剣な顔になって
「いいか、星野。
今度なにかあったら、先公に言う前にまず俺のところに言いに来い。
先公だなんだっていっても、所詮は教員免許を持ってるサラリーマンだ。あまり
当てにしたらこっちが泣きを見るだけだぞ」
明日香は思わず、小さくうなずく。
その夜、丹羽家に一本の電話がかかってきた。
声は女性っぽいが、その主は早秀を指名してきた。
「学校の娘かしら……。それにしても変な声ねぇ……」
不思議に思いながら、母親は早秀に電話を取り次ぐ。
「はい、お電話代わりました」
早秀がそう言うと、受話器の向こうの声は
「おまえは見張られている」
とだけ言って電話を一方的に切ってしまった。
その声は、パーティーグッズとして売られているヘリウムガスを吸った後のような、妙に周波数の高そうな声色だった。
次の朝。
早秀はいつもより早く家を出て、明日香の家に迎えに行った。
明日香を攻撃する"敵"の正体がいまいち不明だが、登下校時に何かしてこないと
も限らないので、その"護衛"の意味合いもかねている。
その道中。
「星野。ゆうべ、おまえのところに変な電話来なかったか？
ヘリウム吸ったような声で、"おまえは見張られている"って」
「えっ!? 早秀のところにもかかってきたの？」
「すると……まさか……」
早秀は絶句してしまう。
電話はその夜もかかってきた。
今度のメッセージは、
「悪いことは言わん。星野明日香と手を切れ。
昨日は友好的忠告だったが、こんどは警告だ」
「もしもし、誰だか知らないが、いったい俺にどうしろというのだ？」
早秀が言い返したが、相手はそれを聞かないうちに切ってしまった。
彼が受話器を置くと、その瞬間ベルが鳴る。
今度の電話は明日香からだった。
「早秀、また変な電話が……」
「そいつ、"今度は警告だ"って言わなかったか？」
「……………………うん。
アタシ、どうしよう。
もうこんなんじゃ、学校なんか行けない……」
受話器の向こうの明日香の声は、涙交じりになっていた。
「星野。いますぐそっちへ行く。
いいな、俺が行くまで、変な気起こすんじゃないぞ！」
「……………………うん」
明日香の電話が切れると、早秀は上着を引っつかみ、大慌てで家を飛び出した。
早秀は走りながら、
(星野……。どうか俺が行くまで、変な気を起こしてくれるなよ。
おまえがいなくなっちまったら、俺はいったい、誰とけんかをすればいいんだ
……)
そんなことを思っていた。
――――――To Be Continued