第７話「真奈美大戦〜another side〜(２)」
「退学願
私こと 丹羽早秀は、
一身上の都合により、本日付を以って本校を退学いたしたく、この旨申し出ます。
1999年６月25日
丹羽早秀」
早秀は芝田から配られた紙にこのように書いた。
芝田が「万が一警察沙汰になったときに、学校に迷惑がかかると困るだろ？」と
言って、真奈美救出作戦に参加するメンバー全員に「退学願」を書くように勧めた
からである。
全員が書き終わったのを見計らって、芝田は立ち上がり、
「よぅし、書けたら俺に渡してくれ。俺の辞表と一緒に、校長に渡しておく」
といい、続けて机から何かを取り出す。
それは小さな日章旗だった。筆ペンと、なぜか和裁に使う"待ち針"まである。
「それじゃ、いまからこの日の丸の旗に、真奈美くんを取り返す戦いに参加する証
として署名・血判をしていってくれ」
芝田はそういうと、旗に何かを書き込む。
書き終わると立ち上がり、いま書き込んだメッセージを読み上げる。
「われらの戦いは、決して私利・私欲のための戦いにあらず。
いま、邪なる意志の力によって、永遠に続く闇の世界へ落とされようとしている、
『杉原真奈美』なる乙女の未来を、再び光あふれる世界へ解き放つための戦いなり。
彼女を慕うわれら同志はこのことを確認し、後日のため、ここに署名・血判をなす。
1999年６月25日……」
そこまでいうと、続けて自分の名前を書き込み、左の親指に待ち針を刺す。
刺した穴から血が出てくるのを確認して、芝田は署名の下に親指を押しつける。
公が別の待ち針を持って同じようにした後、彼は早秀にうなずく。
早秀はうなずくと、二人がそうしたように自分の名前を書き込み、左手の親指に
待ち針を刺す。
かすかな痛みとともに、自分の血が指先からにじみ出てくる。それを見た早秀は
小さくうなずくと、「丹羽早秀」と書いた署名の下に親指を押しつける。
自分の署名が終わると、今度は明日香にうなずく。
明日香は早秀の隣に署名を済ませると、机の上にある新品の待ち針を手に取る。
５秒ほどその針を見ていたが、やがて決心したようにその針を左の親指に刺し、前
の３人と同じように「星野明日香」と書いた自分の名前の下にそれを押しつける。
……全員の分の署名・血判が終わると、芝田はいったん解散を命じ、
「今夜６時、三磯駅前の"勇者の像"の下に、動きやすいかっこうで集合」
と言った。
学校からの帰り道。
早秀と明日香は並んで歩いていた。
いつもならこの二人、帰り道はチェックしてきたお店の話やら、夕べ見たテレビドラマの話とか
で盛り上がるのだが、今日は終始押し黙ったままだ。
「もしかしたら、自分たちはとんでもない相手に喧嘩を吹っかけようとしているの
かもしれない」
その思いが、二人の口を自然と閉ざしているようだ。
「なぁ、星野」
その沈黙を破るかのように、早秀が話を切り出した。
「……なぁに？」
「とうとう、始めちまったな」
「……うん」
「後悔、してないか？」
そう聴いてきた早秀に、明日香は
「ううん……。
だって、アタシ……」
「どうした？」
「アタシ……、杉原先輩のこと……、好きだから……。
去年の夏、アンタや夏穂と一緒に、公くんや杉原先輩がバイトしていたシゲさん
の実家に行ったとき……、初めて杉原先輩を見て"何か違うなぁ"って思ってたの。
こういうのを"女の勘"っていうのかな？
でね、それから、公くんや早秀を通じてあの人のことを知って、一緒に行動している
うちに、分かったことがあるの……」
「なんだ、それは？」
早秀が聞き返す。
「あの人……、相手が男の子でも女の子でも、いいえ、人間だろうが動物だろうが、誰に
でも、何にでもすごく優しくて、そして思いやりがあって……、本当に、掛け値無しに、女のアタシでも
惚れちゃいそうな人だもの……。
ああいう人だったら、公くんがあそこまで夢中になれるわけも分かるし、アタシ
だって"将来、ああいう感じの素敵な女の人になりたい"って思えるの……。
たぶん、杉原先輩があそこまできれいでいられるのは、公くんがそばにいるから
だって思う。
そんな人が……、好きでもない男と無理矢理に結婚させられて……、一生不幸な
目に遭うのって……、そんなのアタシ、我慢できない。
だから……」
「俺には分かるぜ。おまえのそういう気持ち。
俺もよく、あいつから先輩の話は聞かされるんだけど……、話を聞いているとな、
正直言って、あいつのことがうらやましく思えるんだ……。
杉原先輩のことを話している時、あいつ、目がすごく輝いているんだ。その目を
見ていると、あいつがどれだけあの人に惚れ込んでいるかが分かる」
そこでいったん言葉を切り、早秀は思い出すように続ける。
「そういえばあいつ、この前――杉原先輩が誘拐される１週間くらい前に俺ん家へ
泊まったとき、こんなことを言ってたんだ。
"結局、俺があのひと――杉原先輩のどこに参っているかって言ったら……、
うまく言えないんだけど、どこか、ふわぁーっとした感じの「やさしさ」にあるって思う。
あのひと、俺以外の人には――俺の前でもそういうところあるけど――、どこか
おどおどした感じの話し方するのに、クラブで世話している小鳥たちには、まるで
お姉さんか、お母さんみたいな感じで接しているんだ。
ああいうのを見ていると、俺、すごく嬉しくなるんだ。あの人が、天使みたいに
思えて……。
俺もおまえもそうだろうけど、たぶん、あと10年かそこらしたら結婚して、子供
もできるだろ？
そういうことになった時、俺、自分の子供は杉原先輩に産んでもらいたいって思ってる……"
って。
普通、ここまできっぱりと言いきれるやつってそうそういやしない。
だから……」
「だから？」
早秀の顔を覗き込むように聞いてくる明日香。
「俺は……、銀虎会の奴らを許さねぇ……。
公が本気で好きになった杉原先輩を奪い、目の輝きを奪ったあいつらを……」
早秀は正面を見据え、低くつぶやいた。
「早秀……」
「星野……。
俺は、公が杉原先輩に出会えるまで……、体張ってでもあいつの盾になってやる。
あいつが、安心して杉原先輩を探せるように……。
ついてきてくれるな？」
「……うん……。
でも……、死んじゃ嫌だよ、早秀」
「へへっ……、誰が死ぬもんか。
死んだら……、おまえともう二度とケンカできなくなるからな……」
初めて笑顔らしい笑顔を見せた早秀に、明日香は
「バカ………………」
と、彼には聞こえないように小さくつぶやくのであった。
・・・
そして時は流れ、ここは輝明の別荘。
「死ねやゴルァ！」
おめき声を上げて突っ込んでくる銀虎会の組員たち。
「離れるな！ 一塊になって突っ込むぞ！」
二人の前でそう叫ぶ公。
と、同時に、早秀の眼前で黒スーツの男が木刀を振りかぶり、殴りかかってくる。
反射的に左腕を突き出してガード。木刀は鉄パイプを装着した左腕を直撃するが、
鉄パイプのおかげで痛みはそれほどない。すかさず、そいつの顔に右ストレートを
叩き込む。
一方、明日香に襲いかかってきたのはジャングル戦用迷彩服の男。右手にサバイ
バルナイフを持っている。明日香は
「明日香ちゃんキィィィィィック！」
と叫ぶや、前かがみで突っ込んできたそいつのあごを蹴り上げる。蹴りがまとも
に入ったのか、そいつは奇妙なうめき声を上げて倒れる。
ひとりを倒したのを確認できないまま、別のもう１人が突っ込んでくる。明日香は
「早秀ッ！」
と叫ぶと、身を交わしてそいつの突進をいなす。
そこへ振り返った早秀の回し蹴りが炸裂。続けてエルボーが入って、その男は
地面とのディープキスを強制される。
「早秀、ナイス連携プレイ！」
「おいおい、無茶やってんじゃねぇよ。
そんなことしてるようじゃ、そのうち嫁さんの貰い手なくなるぞ？
あっ、なんなら、俺がもらってやっても……」
早秀にとっては軽口のつもりだったのだろうが、言葉の後半部分に過剰に反応し
た明日香は真っ赤になって
「もうっ、こんな時に何言ってんのよ！」
といってしまう。
もっとも明日香にとって幸いだったのは、ヘルメットに隠れているせいで、赤く
なった顔が見えないことだったが。
いくらヘルメットと特製のプロテクターで防御しているとはいえ、こちらの兵力
はたったの４人。対する銀虎会側は、どう見ても20人は下らない。向こうは休養充
分でかかってこられるが、こちらは常に全力。そのうちに押し切られるのは必定。
そのうえ、いま連中が使っている武器は素手とか木刀、角材、金属バットあたり
だが、そのうちにドスやら拳銃を繰り出してくるのもまた必定。
そう思ったのか、公は突然戦いの群れから離脱すると、左の拳を右の手のひらに
押し付け、何かをつぶやいた。
「…………生物部奥義、鳥獣戯画！」
その瞬間、公の両腕から無数の鳥や動物のイメージが湧き出てきた。そいつらは
早秀たちと戦っている銀虎会組員に襲いかかり、そのくちばしや爪、尻尾などで敵
をなぎ倒して行く。
「みんな、この隙に突入だ！」
公はそう叫ぶと、真っ先に別荘内部へ突入していった。
慌てて彼の後を追う早秀たち。
「何をやったんだ、いま？」
早秀は並んで走っている公に訊ねる。
「いまのが、シゲさんに教えてもらった"部活奥義"さ。
シゲさんの話によると、こいつは部活を極めないと習得できないらしいんだ」
「へぇっ……。
でもよぉ、それ、おまえの部活の役に立つのか？」
早秀は当然の疑問を口にした。
「分からん……」
公がそこまで言ったとき、別の組員３名が物陰から飛び出してきた。公と夏穂が
迎え撃った。公が右フックを叩き込めば、夏穂がすかさず蹴りを入れる。キックは
股間に命中。そいつは奇妙な叫びを上げて倒れる。
残る２人が明日香に殴りかかってきた。一人は明日香が片づけたものの、残った
ひとりが金属バットを振りかざして襲ってくる。しかし、明日香の視線は前に倒し
た敵に向いていて、そっちを見ていない。
それを見かけた早秀、鉄パイプを装着した左腕を突き出してそいつに叩き込む。
ちょうどカウンターの形になり、お互いの相対スピードで破壊力を増した鉄パイプ
はそいつの顔面を破壊する。さらに早秀は、顔を押えてうめくその組員に抱きつき、
プロレス技の「ベアハッグ」を決める。２、３度きつく締めつけてやると、そいつは
口から泡を吹き、白目をむいて悶絶する。
「へっ、俺も男に抱きつく趣味はねぇがな……」
吐き捨てるようにつぶやいた早秀。
しかし、彼の脳の独立した部分は、その後に言おうとした台詞を紡ぐ。
（明日香を傷つけようとする奴だけは別だ……）
明日香はそんな早秀を見て、
「あ、ありがとう。早秀……」
と小さくつぶやく。
その明日香に、
「なぁに。おまえのためなら、これくらい朝飯前さ。
これからも、おまえのことを守ってやるぜ」
早秀はそう言い返す。
明日香はますます赤面した。
――――――To Be Continued