第８話「真奈美大戦〜another side〜(３)」
銀虎会の抵抗を公の"部活奥義"で排除した４人は別荘へ突入した。
１階のメイン・ダイニング。
「で、これからどう行くんだ？」
早秀は周囲に目を配りつつ、隣にいる公に呼びかけた。
実は４人とも、一応大輔たちから、事前に建物内部のマップを渡されてバスの中で見てはいたが、それとて銀虎会の手に渡る前のものだったので、その後、
銀虎会がどこへどのように手を加えたのかまではわからない。
「これだけ同じ部屋がいっぱいあったら、杉原先輩、どこにいるのかわからないわよ」
マップを見ていた明日香が言った。
「ひと部屋づつ、手あたり次第探してみる？」
横から覗き込んでいた夏穂が聞いてくる。
「そういう手もあるな」
と答える公。だが、その首は横に振られている。
「どのみち、あまり時間はかけられないと思う。
時間が長引けば長引くほど、こっちが不利になるし、その分、杉原先輩が危なくなる。
シゲさんたちの時間稼ぎもいつまでもつか分からないし……」
公は腕を組んで考え込んでしまう。
外では芝田たちの戦闘が続いているのか、怒声や悲鳴、金属の噛みあう音やらが
こちらまで響いている。
「ねぇ。どうするの？
やっぱり、ひと部屋ずつ当たったほうが……」
近づいてくる戦闘の気配に焦ったのか、明日香は公に詰め寄ってくる。
その時、公は電撃に打たれたようにビクッと体を震わせた。
「杉原先輩は……、２階にいる……。
いま、俺にははっきりと見えた……」
そして、２階の南東隅にある大きな部屋を指でさして、
「ここだっ！ 杉原先輩はここにいる！」
と叫ぶや、マップをひっつかんで走り出した。
公が突然走り出したので、他の３人も何が何やらわからずに彼について行く。
・・・
「おどれら、どこの組のもんじゃい！」
「ここをどこだと思っとんじゃゴルァ！」
階段の上がり口。
早秀たちは10人前後の組員に行く手を阻まれた。
「俺は主人 公。ここにいるはずの、杉原真奈美という女の子を取り返しにきた。
さぁ、道を空けてくれ」
公がそういうと、前に立った連中は
「あん？ 誰にものを言ってるんだ？」
「どうやら、命は要らないようだな……」
とにべもない。
「殺れっ！ 殺っちまえ！」
親分格らしき男が叫ぶと、手下どもはいっせいに殴りかかってくる。
今度は早秀たちの方も、外でさっき倒した敵――坪井隊隊員から奪った「武器」を持っている。公が
金属バットを突き出し、突っ込んできた敵の腹にめり込ませると、間髪を入れずに
夏穂の往復ビンタが飛ぶ。早秀が角材を振り回し、旋回しながら襲ってくるゴルフ
クラブに応戦すれば、その間に背後へ回り込んだ明日香が、そいつらの背中を次々
と蹴っ飛ばす。
戦闘が始まって３分もしないうちに、突っ込んできたチンピラは全員が叩き伏せられていた。
「……なかなかやるなぁ、若いの」
それまで動いていなかった親分格の男は、黒いジャケットとカッターシャツを脱ぎ、――ボディビルでもやっていたのか――よく鍛えられた裸の上半身をさらす。
「あっ……、き、きさまは……」
親分格を見た公が叫ぶ。
「なんだ、公。あのチンピラを知ってるのか？」
突然の発言に驚き、早秀が聴く。
「知ってるもなにも……、この前、杉原先輩を取り返そうとして銀虎会の事務所に
殴り込みに行ったとき、そこにいたのがあいつ――藪なんだ。
俺、あいつとその手下にボコボコにされて……」
そういうと、公はそのときの痛みを思い出したのか顔をしかめる。
「いかにも。俺が銀虎会若衆頭補佐・藪 恵司だ。こっちの世界じゃ"エースの藪"
と呼ばれている」
公は名乗りをあげたその男――藪に向かって、
「今度は"知らない"とはいわせねぇぞ。
俺たちは、この別荘に杉原先輩が閉じ込められていることを知っているんだ」
と叫ぶ。
「だったら、どうする？」
「痴れたことを……、おまえを倒して、ここを通してもらう。
……だが、その前に、一つ聞きたい」
「……なんだ？」
いきなり相手から質問されて、一瞬戸惑う藪。
「杉原先輩に、手は出していないだろうな？」
その問いに藪は、
「杉原？ ……あぁ、あの小娘か。
心配は無用だ。俺たちはあの小娘に、指一本も触れちゃいねぇ。
なにしろあれは、若様の奥方になられる女だからなぁ。そういう女に、下っ端
の俺たちなんかが下手に手ぇ出したら、指が何本あっても追いつかねぇ」
それを聴いて、一瞬表情が緩む早秀たち。
藪はそれを見透かしたかのように続ける。
「ただ……。若様は幼い頃より、随分と飽きっぽい方だと伺っておる。
いずれ、若様があの小娘に飽きたら俺たちに払い下げだ。
そうしたら、後は風俗にでも売り飛ばして……」
その声にこめられた冷笑を感じたとき、早秀は腹の底から湧きあがってくる
"怒り"に気づいた。
「くぉの野郎！」
自分の"想い人"のことを愚弄するような発言に、怒りが極限値に達した公が口火を切って殴り
かかる。だが、藪にカウンターを食らって後ろに倒れる。
「ガキィ、まだガードが甘いわ！」
倒れた公を見下ろして藪が叫ぶ。
「杉原先輩を返せ！」
明日香と早秀は同時にそう叫ぶと、倒された手下たちが持っていたゴルフクラブ
と金属バットを突き出す。しかしこれも、反応の早かった藪に"真剣白刃取り"を食
らってしまい、押しても引いても進まない。
「おい……、これは何のマネだ？ クソガキども」
そういうと、藪は持ち前の膂力に任せて明日香たちを押し返す。ふたりは同時に
しりもちをついてその場に倒れる。
藪は金属バットを手にすると、上段に振りかぶって二人めがけて振り下ろそうと
する。
観念して目を閉じる二人。
だが――衝撃は来ない。
薄目を開けてみると、いつのまにか死角に潜りこんでいた夏穂の蹴りが、藪の腹
に命中していた。
「へへ〜ん。あたしの脚力、馬鹿にしないでね。
だてに鍛えてるわけじゃないんだから」
夏穂のその声に切れた藪はターゲットを夏穂に変え、再び上段に振りかぶって殴
り倒そうとする。
そのとき、いつのまにか起き上がっていた公が何かをうめいていた。
「この世に生きとし生ける全ての精霊たちよ。今ひとたび、われに力を……。
生物部奥義、鳥獣戯画！」
表でチンピラたちを倒したあの技が再び炸裂した。
藪は怪鳥のような叫びを上げてその場に倒れる。
・・・
「……公、ここでだいぶ手間食ったな」
早秀がつぶやくように言う。
「鳥獣戯画」で全身の"気"を放出した公は、肩で息をしながらうなずく。
「夏穂に公くん……。さっきはありがとうね」
夏穂と公にピンチを救われた明日香はそういう。
「いいよ明日香、そんなに改まらなくても」
夏穂がそう答えると、
「そうそう。俺たちは死ぬも生きるも一緒さ、ここまで来たらなぁ……」
公も付け加える。
二人にうなずく明日香。
「でも、ここを出るときは杉原先輩と一緒だ。そうだろ、公？」
公は早秀にうなずく。
「そして、表のみんなともな……。
さぁ、ここでぐずぐずしてないで、一刻も早く杉原先輩を助け出そうぜ！」
早秀はそう叫ぶと、階段を駆け上がって行く。
２階に上がる。
当然、階段口で待ち伏せがあるものと思っていたが、なぜかそこには敵の気配がない。
しかし気は抜けない。ここからは見えなくても、どこに伏兵が潜んでいる分からないのだ。
４人があたりを見回していると、突然公が叫んだ。
「杉原先輩はあそこだ！」
公が指差したのは、廊下の突き当たりにある大きな部屋だ。
「いま、先輩の声がした。"たすけて"って言っている」
ふたたび公が叫ぶ。
「えっ!? あたしには何も聞こえなかったよ。
さっきから、公くん変だって思ってたけど……」
夏穂が不思議そうな顔をする。
「俺には聞こえたんだ！ いくぞっ！」
公はそういうや否や、廊下を一気に走り抜ける。３人もそれについて行く。
明日香はそんな公の後ろ姿を見ながら、
（公くん……、本当に杉原先輩のこと……）
心の中でそうつぶやいていた。
・・・
ドアの前に着くと、早秀と明日香が前に出て、さっき１階で倒したチンピラから
奪った鉄パイプでドアを叩き壊しはじめた。
叩きつづけること１分。ドアが叩き壊され、部屋が視界に映る。
見ると、窓際に戦闘服姿の男が３人立っている。どうやらこの連中、壁を背にし
て立っている女の子を取り巻いているようだ。
その中のひとりが、女の子の服を引っつかみ、破こうとしている。
「いやぁぁぁぁぁぁっ！」
絹を裂くような悲鳴。
それに反応した公、
「みんな下がって！」
と言うや否や、先に入っていた２人――夏穂と明日香を無理矢理左右に突き飛ばし、部屋の中へ足を踏み入れる。
「生物部奥義・鳥獣戯画！」
公の叫びとともに、部屋の中が発光した。
・・・
光が収まると、公は真っ先に部屋の奥へ踏み込む。他の３人もいっしょについて
くる。
「杉原先輩、無事でしたか？
僕ですよ、主人です。先輩を助けにきました」
公は一歩踏み出し、ヘルメットを脱いで語りかける。
「公さん！」
その声に反応して、飛びついてくる真奈美。
しっかりと抱きあう二人を見た夏穂は
「みんな、まわりに気をつけて」
というと、公たちに背中を向ける。
それを見た早秀は、隣にいる明日香を指でつつく。
「なぁに？」
小声で聞いてくる明日香。
「……あいつら、やっと会えたんだ。
せっかくのラブシーン、邪魔しちゃ悪いだろ？」
早秀がそういうので、
「……うん」
明日香は素直に同意する。
早秀にいわれて、公たちに背中を向けた明日香は、背後で展開されているラブシ
ーンを横目で見ながら、
（……よかったね。公くん、杉原先輩。
さっきからうすうす思ってたけど、公くんたちって、きっと他の人には見えないテレパシーで結ばれ
ているのかもね。
あたし、そんな公くんたちがうらやましい……）
そんなことを想っていた。
そして同じころ、早秀もまた
（公……。俺はおまえのようなやつと友達でいられたことを、誇りに思ってるぞ。
自分の惚れた女のために、真に命をかけられるおまえを……。
俺もこれからは、おまえを見習って、明日香のことを……）
そばにいる明日香を見ながら、心の中でつぶやくのであった。
――――――To Be Continued