第９話「真奈美大戦〜another side〜(４)」
無事に真奈美を回収した早秀たちは、真奈美を背負った公を護りつつ別荘の外へ
駆け出した。
真奈美を確保した後、公が緑色発煙筒を外へ投げているので、そこを目指せば、
表で戦っている芝田たちと合流できるはず……だった。
しかし……。
芝田たちは銀虎会の手によって叩き伏せられ、木の柱にはりつけになっている。
「なんてこった……、俺たちが戦っている間に……」
早秀がうめいていると、公が前に進み出て、芝田に詰め寄っていた。
「シゲさん、いったいどうして!?」
芝田は薄目を開けて、
「兄ちゃん……。どうやら、俺の見通しも甘かったようだ。
おまえたちは真奈美くんと榎本、永倉、松岡を連れて逃げろ。
逃げられたら、村の警察にでも転がり込め」
と、うめくように返事する。
よほどひどく殴られて体力と気力を消耗しきったのか、その言葉も途切れがちである。
「シゲさんはどうするんです？」
公と早秀が同時にたずねる。
「俺はおまえたちの脱出を見届けたら、この場で腹かっさばいて自決する。
死ぬのは、俺一人で充分……」
「そんな……」
早秀と公が唖然としていると、その横にいたえみるが、
「ダーリン、死ぬなんて言わないで！
ダーリンがいなくなっちゃったら、えみりゅんも……」
と、涙ながらに抗議する。
そんなえみるに、
「永倉！ 馬鹿なことを言うな！
おまえはまだ若い。この先生きていれば、きっといつかいいことがあるはず。
こんなつまらんことで……俺みたいなつまらん男のために……、おまえが死ぬ義理はない」
と一喝する芝田。
（クソッ、なんとかして、みんなを脱出させなければ……。
でも、どうやって……）
早秀は焦った。焦れども、よい手が思いつかない。
・・・
「そこまでだな、ドブネズミども！」
皆の後ろから声がする。
振り返ると、白皙明眸の貴公子然とした男が、悠然とした足どりで歩いてくる。
どうやらこいつが、真奈美をさらった張本人らしい。
そいつ――銀虎会３代目組長候補・吉野輝明は公に向かって言い放つ。
「おまえたちはよくやったが、しょせんわれわれ銀虎会にはかなわんのだ。
素人が極道相手にゴロ巻いて、勝てるとでも思っていたのか？
そこに転がってる怪我人どもを連れて、僕の妻――真奈美さんを置いていますぐ
立ち去るなら、彼女に免じてこの場"だけ"は見逃してやる」
そう言った輝明の言葉を聴いた瞬間、公はいままで早秀が見たこともないくらい
激高した。
「ふざけるな！ 何が妻だ！
勝手に人を誘拐しておいて、よくもぬけぬけと言えるもんだな！
真奈美の気持ちをこれっぽちも無視しやがって！」
そのときの公の剣幕は、そばで聴いていた早秀でさえも顔色をなさしめるほどの
すさまじさだった。
公は続けて叫ぶ。
「真奈美はなぁ、この俺がいつか口説いて嫁さんにする女だ！
貴様の悪趣味なコレクションに加えていい女じゃない！」
どうやら公は、さっきの藪の言葉
「若様――輝明は飽きっぽい性格だから云々……」
が頭に残っているようだ。
しかし、輝明は公の言葉を"どこに風が吹くか"といった態度で聞き流し、真奈美
に向かって
「さぁ真奈美さん、こっちへ来るんだ」
と手招きをする。
それにつられて、輝明のところへ行こうとする真奈美に公が、
「先輩、行っちゃ駄目だ！」
と叫ぶ。
続いて早秀も
「杉原先輩、正気に戻ってください！
いまあいつのところに行ったら、もう永久に公には会えなくなるんですよ！
それでもいいんですか？」
と呼びかける。
真奈美の足が止まる。
「きみの父さんがどうなってもいいというのか？」
輝明も負けじと言い返す。
「杉原先輩……。あたしたちの話も聞いてください」
そこへ割り込んできたのは夏穂だった。
「あなたはもう、あなた一人のものじゃないんですよ。
あなたにとってもそうだと思うんですけど――この公くんにとって、あなたは世界
じゅうの誰よりも、何よりも大切な人なんですよ」
そのあとを明日香が引き取って、
「あなたが結婚するって話を聞いたとき、公くん、自殺しようとしたんですよ！
早秀が止めてくれなければ、公くんは今ごろ死んでますし、あたしたちだってここ
へ来なかったんです。
それでね、あなたが銀虎会に捕まったってこと分かったら、銀虎会の事務所へ殴り込み
にも行ったんですよ！ "先輩を取り返したい"って一心で……。どうやっても勝てそう
にないのに……」
大きな瞳に涙をためながら訴える。
さらに明日香の話は続く。
「公くん、いつかこんなことも言っていました。
"杉原先輩のいない世界って、俺には考えられない。
あのひとがいなければ、俺は生きていられない……"
そのときの公くん、とってもきれいな瞳をしていたんです」
そういうと、明日香は公に歩み寄り、ヘルメットを脱がせる。
「杉原先輩……。
どうか、まっすぐ公くんの方を向いて、この目を見てあげてください！
そして、思い出してください。公くんとのことを……。
……いまだから、言えるんですけど……、
あたしも夏穂も、あなたのことが好きなんです。
人間だろうが動物だろうが、男の子だろうが女の子だろうが、誰にでも、何にで
もやさしく、思いやりがあるあなたが……。"将来、こういう女のひとになりたい"
って思える"目標"として……。
女のあたしたちでもそこまで思えるのは、あなたが公くんに恋していて、公くん
に好かれたい、もっと愛されたいってことが常に頭の中にあるからだって思うの。
そんなあなたを見ていると、あたしたちも"もっと頑張らなければ"っていう気に
なるんです。
だから……、先輩……。
あたしたち――いいえ、公くんのところに戻ってあげてください……。
お願いです……」
「……………………………………」
言葉の集中豪雨を浴びて、真奈美は黙ってしまう。
おそらくいま、真奈美の思考はいちどきに浴びせられた言葉を処理するためにフル回転しているのだろう……。
やがて、真奈美は輝明の方を向くと、
「輝明さん……。この話……、お断りします」
決然とそう言い放った。
「何だって？」
目を剥く輝明。
「私の人生です。あなたに強制される理由はありません」
真奈美は輝明に向かって、とどめの一言を浴びせる。
輝明は一瞬硬直したが、やがて肩を震わせ、獣のようなおめき声を上げると、
「こうなったら……、こうなったら……。
みんなまとめてぶっ殺してやる！」
と絶叫した。
全身から発散される凶悪な気配を感じ取った公は、
「気をつけろ！ 何か仕掛けてくるぞ！」
と叫ぶとヘルメットをかぶり直し、真奈美の前に回り込む。
「先輩、僕につかまって」
公のその言葉に反応して、真奈美が公の背中にしがみつくと同時に、輝明が
「金茶小鷹！」
と叫ぶ。
輝明に召喚された赤い鳥の精が、公たちめがけて飛んでくる。
・・・
公の言葉を聞いた早秀は、反射的にその場で身を縮める。
次の瞬間、暴風雨のような凶悪な力が体をすり抜けていくのが知覚された。
だが、その同じ瞬間……、
「キャーッ！」
絹を裂くような悲鳴が聞こえてくる。
同時に、ドサッという音が。
（えっ、なに、何!?）
明日香は公の警告を、初めて聞く外国語のようなそぶりで聞いていた。
それでも公たちが防御の構えに入るのを見て、慌てて身を縮めようとする。
だが、彼女の対応はほんの一瞬、遅かった……。
輝明の放ったエネルギーが明日香の体を直撃。同時に、明日香はコンクリートの
壁に叩きつけられたような衝撃を全身に知覚した。
（あたし……どうしちゃったんだろう……。
体中が……とっても……痛くて……、力が……入らない……。
は……早……秀……、た……す……け……て……）
明日香は急速に薄れて行く意識の中で、そんなことをつぶやいていた。
・・・
（誰かやられたのか？）
と思った早秀、顔を上げて周囲を見回す。
すると……、
早秀のすぐ横にいたはずの明日香が、いかなる力の作用か、仰向けに倒されてい
るではないか！
それを見た早秀、反射的に
「明日香！」
と叫び、ヘルメットを脱ぎ捨てて駆け寄る。
「明日香、しっかりしろ明日香！ 傷は浅いぞ！」
倒れた明日香を抱え起こすと、彼女とキスをせんかとばかりに顔を寄せ、必死の
形相で呼びかける。
それにようやく反応した明日香、
「……そ、その声は……、早秀ね？
は、はじめて……、名前で……呼んでくれたんだ……。
うれしい……」
弱々しい声でそういうと、再び目を閉じてうな垂れる。
「明日香、しっかりしろ！ 明日香！ 明日香！」
早秀が激しくゆすぶるが、明日香からの反応が返ってこない。
それを知覚した早秀、地面に膝をつくと
「明日香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！」
天を仰いでそう叫んだ。
「……畜生、なんてこった。
俺の、なによりも大切なものが……こうまで無残に踏みにじられるとは……
俺はいままで、これほど誰かが"憎い"って思ったことはねぇ！」
早秀は動かない明日香の体を睨みつけ、低い声でそうつぶやいた。かみしめた奥
歯が軋みをあげている。
「……………………おのれ、吉野輝明！ よくも、よくもやってくれたな！」
早秀は地面を蹴ると、輝明に向けて突っかかってゆく。
そこへ立ちはだかる黒スーツの男たち。
「若様には一歩も触れさせん！」
「われら、銀虎会総本部・機動遊撃戦闘隊"黒き三連星"が相手だ！」
「クソガキども、われら銀虎会の力を思い知れ！」
口々に叫ぶと同時に、てんでの方向へ散る３人。
「どけぇいっ！ 邪魔するんじゃねぇ！」
叫んだ早秀に、正面にいた男が金属バットで殴りかかってくる。早秀は反射的に
左腕を出す。そこへ後ろから
「ホラ、後ろから来るぜ！」
という叫びが聞こえる。
その声につられて振り返った瞬間、早秀は脇腹に鋭い痛みを感じる。
痛みのする方に視線を走らせると、いつのまにか死角に潜り込んでいたもう１人
の男が、早秀の脇腹を日本刀で斬りつけていた。刀は脇腹に装着されたプロテクタ
ーの鉄パイプを切断し、肉に食い込んで血を吹き出させていた。もしも防具がなけ
れば、いまごろ早秀の胴体はきれいに上下で切断され、上半身は鮮血を噴き出しな
がら地面に転がっていただろう。
それでも急速な出血と痛みに耐え切れなくなったのか、
「ぐふぅ……」
と奇妙なうめきを上げながら、早秀はその場にうずくまる。
「見たか！ これがわれら"黒き三連星"の殺人技、
"ジェット・ストリーム・アタック"だ！」
早秀に斬りつけた男たちが叫ぶが、その声も、遠くからの声に聞こえる。
男たちは再び、てんでばらばらな方向へ走り出した。
（くっ……。だ、誰に狙いをつけたらいいんだ？）
早秀は必死に狙いを定めようとするが、連中の動きが速い上に、どんどん激しく
なる痛みと出血に目を開けていられず、視界が狭まる。
今度は３人が同時に殴ってきた。必死にふんばるが、痛みには抗しきれず、再び
地面とキスをする早秀。
「あ……明日香の……仇……」
脇腹を押さえ、左手を血で真っ赤に染めながら、なおも立ちあがる早秀。だが、
その目からは急速に焦点が失われ、足もとも泥酔者のごとく頼りなくなっている。
それを見て男たちが叫ぶ。
「これでとどめだぁ！ "ジェット・ストリーム・アタック"！」
早秀は反応を起こそうとした……、が、どうしたことか体が動かない。
（やられる――）
観念したのか、目を閉じる早秀。
だが、早秀がそれ以上の攻撃を受けることはなかった。
加勢に入った公と夏穂が、電撃的な速攻で"黒き三連星"を叩き伏せていたからで
ある。
・・・
「早秀、しっかりしろ！」
早秀を抱え起こそうとする公。
だが、その手にべっとりとつく早秀の血。
「うわっ……」
公はうめき声をあげたが、すぐに気を取り直し、早秀のユニフォームを脱がせる。
脱がせたユニフォームを二つに破き、腹の切り傷に巻いてとりあえずの血止めと
する。
「これでしばらくは大丈夫なはずだ。
でも、あとでちゃんと医者に見せないとな……」
つぶやくように言った公。
続けて、
「早秀。やつはおまえのかなう相手じゃない。
ここは俺に任せて、星野さんを」
「……すまない。
明日香の仇は、おまえに託す。
必ず、勝てよ！」
早秀の訴えにうなずいた公、続いて夏穂に向き直り、
「森井さん、早秀と星野さんを頼む」
「わかった」
夏穂はそういうと、動かない明日香を背負う。
「早秀、歩けるか？」
「……なんとか」
力なくそういうと、誰かが放っていった鉄パイプを杖に立ちあがる。
痛みと出血にふらつきながら、必死に夏穂についてゆく早秀。
そんな中、彼の脳の独立した部分は今までのことを思い返していた。
（や……やけに……、こんな時に限って……、明日香のことばかり、思い出して
しまう……。
中学に入って、はじめて明日香と出会ってから……、俺の心はもう、あいつの
とりこになっていたんだ……
あいつが、いじめられていたとき……、
あいつが"三磯学園に行く"って言ったあの日……、
あいつといっしょに行って、杉原先輩と初めて会った新潟の海……
いつだって、俺のそばにはあいつ――明日香がいたんだ……。
俺……明日香のことが……本当に好きなのに……。
俺の側にいてほしいのは、明日香だけなのに……、
それなのに俺は、あいつひとりさえも守れないなんて……、まったく最低だぜ
……）
鉄パイプの先が滑ったのか、早秀は顔から地面に倒れ込む。
しかし、もう早秀には起き上がる気力さえもない。
早秀は脱力感に身を委ねながらつぶやく。
（明日香……。俺も、もうすぐそっちへ――おまえのいる"天国"へ行くぞ……。
そっちへ行ったら、また、一緒に遊ぼうな……。
天国のプレイスポット、おまえと一緒に制覇しようぜ……）
やがて、早秀の全身を闇が支配し、意識は消失した……。
――――――To Be Continued